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旧帝・早慶 9学長、大学予算削減に抗議 各学会も「事業仕分け」に異論

2009.12.06

政府の行政刷新会議が2010年度の当初予定事業に対して行っている「事業仕分け」にて、国立大学の教育研究活動に関わる事業が相次いで「予算縮減が相当」「見直し相当」の判定を受けている。これを受けて、国立大学を始め多くの機関が抗議の声を上げている。(魚)



◆事業仕分けとは何か

「政策ベンチャー」を提唱するシンクタンク「構想日本」が「行政のムダを市民目線から判定する」という触れ込みで始まった作業。国や地方自治体が行なっている事業を、以下のような基準から分類する。①予算項目ごとに②そもそも必要かどうか・必要ならばどこまで官がやるか③外部の視点で④公開の場において⑤担当職員と議論して最終的に「不要」「民間」「国」「都道府県」「市町村」に仕分ける作業。ただし法的拘束力は無い。2002年2月に岐阜県でスタートし、秋田市、横浜市、京都府など全国43の自治体で実施されている。2008年6月には国を対象とした仕分けが自民党「無駄遣い撲滅PT」のもと初めて実施された。

今度の仕分け作業が大きな注目を集めているのは、8月30日の衆議院選挙後の政権交代を受け、民主党新政府の肝いりで作られた行政刷新会議が、2010年度予算に対する各省庁からの概算要求の「ムダ」をあぶり出す手法として仕分け作業を用いている、つまり仕分けの判定が事実上の拘束力を持つ可能性が高いからである。

今回の仕分け作業は11月13~17日と24~26日にかけて行われた。民主党の国会議員2名と民間からの評価員11名の計13人からなるワーキンググループ(以下WG)が各省庁から事業の説明を受け、その質疑応答を含め判定まで1時間弱で判定を下す。



◆相次ぐ教育・研究予算の見直し

教育や科学技術に関する事業は11月13、17、25日に第3WGにて「仕分け」された。結果は殆どの事業に見直しを求める厳しいものとなった(別表の通り)。大学の教育・研究環境に関わるものでは、13日に競争的資金(若手研究者支援)の仕分けがされ「実社会から逃避して大学に留まる人をいたずらに増やすだけ」「ポストドクター(ポスドク)の生活保護のようなシステムはやめるべき」といった意見により減額判定となった。

25日には国立大学法人に対する運営費交付金も仕分け対象となった。2004年の法人化以降毎年1%ずつ減額されている交付金であるが「さらなる経営努力で経費削減は可能」との意見が出される一方で「法人化の成果、本当に法人化が良かったのか検証が必要」「人文系教育への充実が今の仕組みのままでは機能しない」との声も多く出され、見直しを行うとの表現にとどまった。

また学生支援機構の奨学金制度についても「ローンという意識を(学生に)徹底させるべき」「返済取立てを強化せよ」という意見と「給付型の奨学金制度創設も検討すべき」という両論が出され最終的に見直しが相当となった。



◆仕分けに対するアカデミーの反応

こうした研究関連予算が相次ぎカットされかねない事態に、11月18日の計算基礎科学コンソーシアムを皮切りとして12月1日までに本紙が確認しているだけで20の学会、学会連合が仕分け作業での判定に異議や見直しを求める意見声明や申し入れ書を発表している。

国立大学関連では11月23日に京大を含む国立大学法人10大学理学部長会議が「事業仕分けに際し“短期的成果主義”から脱却した判断を望む」と題した緊急提言を発表したほか、24日には東京都内の学士会館にて国立7大学と早稲田・慶応大学の学長が合同で記者会見し共同声明「大学の研究力と学術の未来を憂う―国力基盤衰退の轍を踏まないために」を発表。欧米や中国に比べ基礎研究への闘士が少ない現状は日本の学術研究の地位を低下させるとした上で、公的な投資を継続的に拡充すること、具体的には基礎的経費を削減する政府方針の撤廃や、若手研究者や大学院生に対する給付型支援の充実を求めた。

また26日にも国立大学付属研究所・センター長会議が緊急声明を出したほか、国立大学協会が「大学界との『対話』と大学予算の『充実』を」と題して来年度予算で国立大学財政の充実を図るよう求めている。

こうしたアカデミーからの意見に対し政府が最終的にどういった判断を下すのかが注目される。
 

識者に聞く

①岡田清孝・生物学研究所長(日本分子生物学会長)  
今回の行政刷新会議の仕分け作業は、経費の重複や非効率的な経費使用などを見出し、国民の目に見える形で施策の転換を図る手法として価値のある作業と思います。従来の慣習に切り込んだ有意義な議論もありましたが、制度改正と学術振興の意義の区別がなされておらず、性急に予算縮減に結びつける結論の出し方が非常に乱暴で粗雑なことが大きな問題です。今回の学術研究に対する仕分け作業の結論が今後の国の施策として実施されると、学術研究の熾烈な国際競争に敗れ、日本社会の発展を阻害することになると心配します。

【以下 一問一答】



―今回のようにアカデミーの人間が政府の政策に異議を唱えるのは珍しいと思いますが、今回の仕分け作業の判定に対する危機感が強くなったという事なのでしょうか。

前期の事業仕分け作業における学術関連事業について、3分の1から2分の1などの大幅な予算縮減との結論が続出したことが、大きな危機感を持つに至った理由です。自分の責任において自由に発言することは、科学者の義務です。政府の政策に異議を唱えることが珍しいとの印象があるのは、これまで発言してこなかった我々の責任でもあります。

―1つの案件につき1時間程度で仕分け判定がなされたことについてどう考えますか。

報道などでも批判があるように、十分な議論がなされたとは思えません。

―仕分け作業を行っていた民主党議員からは研究の費用対効果を問う発言がなされたことについてどう考えますか。

本来、学術研究は費用対効果という考えにそぐわないものです。それ故に、国が必要十分なサポートをするべきです。

―現状の予算規模でも研究の現場は困窮しているようですが。

研究費だけでなく、(雑務に追われ)研究のための時間を確保することが困難になっています。

―仕分け作業の場で、ポスドクなどの若手研究者支援を不必要とする発言がなされた事についてどう感じますか。

若手研究者に研究教育の機会を与え、経験の蓄積を図ることは、今後の学術研究の展開のためにもっとも重要なことです。ポスドク研究員は、自身の研究グループを組織運営する前の修行として大事な時期であり、「実社会から逃避して大学に留まる人」とは考えていません。

―仕分け作業の判定通りに競争的資金(若手研究者、先端研究、国際拠点)が縮減された場合、研究の現場には具体的にどの様な影響が出るのでしょうか。

研究者が研究教育活動に対する意欲を減退させ、研究者の海外流出が進むと危惧します。大学院生も海外の大学に進学する人が増えて、国内の大学の活性が下がるでしょう。

―ただ今回の仕分け作業を通して、初めてこうした研究活動に自分たちが払っている税金が数百億円単位で投入されている事を知った納税者も多くいるのは事実だと思います。彼らに対して予算の必要性を説明できるでしょうか。

納税者に対する説明は必要です。これまでも、研究内容や成果をマスコミに発表したりホームページや冊子による広報活動を行ってきました。サイエンスカフェの活動もその一つです。大学全体で受けた競争的資金は数百億円、運営交付金は一兆円を超え、確かに大きな額ですが、先進諸国の中では低い水準です。



②柴田大・基礎物理学研究所教授(基礎計算科学コンンソーシアム幹事)
次世代スーパーコンピュータ計画は凍結、という結論が出されましたが、これは廃止に等しい結論です。その予算案に無駄、不透明な部分があるのは確かでしょうし、無駄は省かないといけない。

しかし政治家の仕事は、悪い点を論うだけでなく、メリットとデメリットを見極め、51対49といったギリギリのところで適切な決定を下すことではないかと思います。今回の事業仕分けを見ていると「この事業のここに問題があるからこう改善するべき」といった建設的な議論はなく「この事業のここに問題がある。だからカット」という非常に乱暴なやり方がなされている気がしてなりません。スパコン計画に関して国が考えるべきことは、それを作るための技術の発展・継承を国が如何に支援すべきかの他にも、その周辺の最先端情報通信技術を発展させる、スパコンを用いて行う最先端科学技術シミュレーションを支援する、など様々な面があるはずです。ところが、仕分けではこれらの議論はありませんでした。

スパコン以上に問題なのは若手研究者支援の予算が槍玉に挙げられていることです。日本の科学研究現場の多くは、ポスドクなどの若手研究者に支えられているといっても過言ではありません。特に学振特別研究員のポスドクは高い競争率の中から選ばれており、将来の日本を背負うべき優秀な人材です。予算が削減されれば、彼らが海外に流れ、日本のアクティビティに影響が出るのは避けられないでしょう。

しかしある仕分け人は、この制度を批判し「ポスドクの生活保護」「博士取得者のセーフティネット」のように表現しました。これは全くの事実誤認、あるいは無知から来ているとしか思えません。実情も詳しく調べずに、思い込みと想像で発言する仕分け人が選ばれ、仕分けしていることを非常に懸念しています。