企画

11月祭講演会録 「IT時代のジャーナリズム」

2009.12.06

講師: 佐々木俊尚(ITジャーナリスト)
     岡留安則(『噂の眞相』元編集長)
     佐藤卓己(京都大学教育学研究科准教授)
日時:11月22日
場所:法経本館第六教室
主催:京都大学新聞社

インターネットの登場がメディアを大きく揺るがしてきた。既存メディアは広告不振に喘ぎ、読者もネットで読めるニュースをわざわざ新聞を取ってまで読もうとしない。既存メディアは衰退の一途をたどるのか。そのとき既存メディアが担ってきたジャーナリズムはどうなるのか。インターネットに担えるのか。既存メディアが生き延びて担い続けるのか。

『2011年 新聞・テレビ消滅』を著したITジャーナリスト佐々木俊尚氏、『噂の真相』編集長としてジャーナリズムの実践者であった岡留安則氏、そしてメディア研究者である佐藤卓己准教授(教育学研究科)に三者三様の視点からインターネット時代にどうジャーナリズムを行っていくか、語ってもらった。(11月22日の11月祭講演企画を収録) (編集部)


―少数派への視点と逸脱への憧憬

佐々木

新聞などのマスコミ言論がどうして信頼度をなくしていったのかということについて話します。日本の戦後社会の構造は、総中流社会と言われたように、標準家庭によって構成される超安定社会だった。その超安定社会におけるマスメディアの役割というのは、少数派に光を当てることで、超安定社会の歪みを逆照射することだった。これは超安定社会においては重要な意味を持っていて、戦後のマスメディアは一貫して少数派に光を当て続けた。

また、少数派というものは、必ずしも超安定社会からのドロップアウトとは限らない。積極的な意味で「逸脱」ということもできる。そしてこの逸脱は、息苦しい共同体である超安定社会から自由であり希望であると考えられていた。

それは戦後の映画などによく表れている。例えば『青春の殺人者』は、親から金を出してもらって暴走族の溜まり場のようなスナックを経営している主人公が、親を殺してトラックの荷台に飛び乗り、どこへともなく去っていく話だ。この時代の映画のテーマは脱出、脱走、逃亡だった。逸脱することで何か生まれるんじゃないかと思われていた。

80年代の浅田彰に代表されるニューアカデミズムにおいても同様に、いかにして遊びながら逃げ出すかということがテーマであり、結局は安定社会からの逸脱を目指している。

しかし、現在は逸脱が何の意味も持たなくなっている。例えば若者が海外旅行をしなくなったといわれるように、物理的移動が脱出の装置ではなくなったし、そもそも何から脱出するのかがわからない。

―マスの分断と変われないマスコミ

これは90年代以降、社会の構造が変わってしまったことに由来する。超安定社会を構成していたマスは、分断されてしまっている。例えば最近地方に興味があって取材をしているが、現在の地方と都市は全く違う。都市の流行が遅れて現れるのではなく、例えばファッションや文化においても全く異なったものが生まれてきている。他にも正社員と派遣社員、団塊世代と若者は全く異なった状況にあり、さまざまな意味で分断が進んでいる。

この構造において課題となるのは、いかにマスの分断を包摂していくか。言論としてもセーフティネットなどの社会のシステムにしてもそれが最大のテーマで、マスである多数派がどう助け合って生きていくかを構築していかなければならない。

ところが、マスコミは相変わらず少数派にばかり目を向けている。もちろん少数派への視点は大切ではあるが、それ以上にマスの分断に目を向けなくてはならない。

一方、インターネット上のブログなどを見ると、多くはマスの分断をきちんととらえている。彼らの多くが分断の中で生きているから当然だ。こうやって分断をとらえるということは、言論としては常に構造としてとらえていく視点を持つことにつながる。

逆に少数派について照射し続けることは、最終的に情緒報道につながる。例えば最近の八ッ場ダム問題。インターネット上では、環境保護の観点や、既に使われたサンクコストをどうとらえるかなど、ダムが必要なのかを考える材料が提供されている。それに対して、マスコミでは、前原国土交通相が何々をした、発言した、それに対して地元の政治家が抗議のコメントをしたといういわゆる政局報道、それに加えて地元のおばちゃんが涙ながらに前原大臣に理解されないことを訴える典型的な情緒報道をしていて、ダムが必要なのかどうかが全く分からない。最近マスコミはそういった情緒報道にどんどん傾斜しつつあり、今や政策報道はブログが補完しつつある。

また言論駆動装置としてのマスコミという視点では、マスコミ言論は、大学教員や有識者などの論壇を経由して、大きな物語とつながっていた。しかしポストモダンとさんざん言われているように大きな物語は消滅してしまった。論壇も、専門家はそれぞれの専門に引きこもってしまい、どんな物事でも言及する偉い先生はいなくなった。テレビのコメンテーターはどんなことでも語るが、まっとうな人たちからは馬鹿にされていて論壇にはなっていない。つまり、マスコミ言論を支えてきた大きな物語と論壇が消滅してしまった。こうしてマスコミ言論はロジックを失い、情緒報道に傾斜していくことになった。

さらに超安定社会において、少数派に光を当ててマスを逆照射するということができたのは、揺らぐことのない安定があったのんきな時代だったからだった。ところがゼロ年代以降、安定は失われ、どうやって生き延びるか、サバイヴが最大のテーマになっている。そういった状況では、少数派から逆照射などのんきなことを言っている余裕はなく、どう生きていくかを判断する材料が求められている。マスメディアは情緒報道に傾斜するのではなく、その材料を提供していかなくてはならないのではないか。

岡留

佐々木さんとは違うメディア史の見方になるけど、僕の体験的実感では新聞などマスメディアが伝えなくてはいけない基本的な事実を報じてこなかったのは昔からだったと思う。だからこそ僕は、1975年から『マスコミ評論』というメディア批判を中心にすえた雑誌をいち早く創刊した。79年に始めた『噂の真相』では、メディア批判をやるだけでなく、権力のチェックという本来メディアがやらなければならないことを自らの雑誌で具体的に実践し、25年間にわたり大手メディアに対して問題提起してきたつもりです。だから、『2011年 新聞・テレビ消滅』という佐々木さんの著書における主張は、昔から危機感の薄かった新聞メディアが先行きを深刻に考えるべきという意味では、大胆かつ根源的な問題提起として評価できる。

佐藤

少数派への視点の集中が引き起こす情緒化は報道だけの問題ではない。次の著書としてNHK「青年の主張」の研究をしているが、この番組は55年に始まったもので、普通の勤労青年が自分の思いを発表する番組だった。それが70年代後半から、優勝するには特別な障害や被差別体験がないといけなくなり、番組内容自体も息苦しいものになっていった。80年代にはタモリやとんねるずによってその番組状況自体が笑いのネタとされるようになったが、その状況は現在の新聞報道に対するネットからの批判と似ているのではないか。

―メディアとはそもそも何なのか

最初にこの企画の話をもらった際、そもそも企画自体無理があるのではないかと思った。なぜならそもそもメディアという言葉とジャーナリズムは相性が良くない。

そもそもジャーナリズムはメディアで行う必要があるか、あるとしたらそれはどのようなメディアかということが問題となる。

メディアとはどういった意味か、辞書でmediaと引くと、 マスコミュニケーションの手段であり、新聞、テレビ、ラジオなどのことだと書かれていて、mediumの複数形だとも書かれている。

さらに詳しくmediumで辞書を引くとその意味は、使用頻度の順では1情報伝達媒体、2目的達成の手段、3芸術表現の素材、4培養物質、5霊媒となっている。しかし歴史的用法ではむしろこの逆で、メディアは霊媒を起源として、広告媒体を経て、情報伝達媒体となった。

学問が研究対象の定義を疑い、再定義することだとすれば、メディア研究においては、このメディアが霊媒から広告媒体、そして情報伝達媒体へと変化してきたプロセスが重要である。

メディウムという言葉が「広告媒体」として使われたのはOED(オックスフォード英語辞典)によれば、初出は1923年の『Advertising&Selling』という広告業界誌である。今でもこのイメージは強く、学生がメディア志望といった場合は、新聞社、雑誌社、放送局、つまり広告媒体を志望していることになる。しかしそれが消費社会で、あらゆるものが商品化される中で、あらゆる情報も商品化され、メディアは情報伝達媒体と変化していった。

この意味変化を脱魔術化、合理化ととらえるのか、あるいは神話化、つまりますます魔術化と捉えるのか、2つの視点のどちらを採るかでメディア社会の見方は全く異なる。

夏に政権交代があったが、6月半ばの新聞に麻生内閣の支持率が20%をきったというニュースがあった。この時点で政権交代の流れは決まっていたようなもので、支持率が20%をきった内閣では政権は持たないといわれているし、解散後の政局も支持率で予測されている。とすれば、政治を動かすのはメディア、とりわけメディアが製造する世論調査ということになる。

―世論の読みは「よろん」か「せろん」か

それほど重要な世論だが、そもそもこの世論とは何なのか。 この読み方だが、1980年にNHKが行った有識者アンケートでは「せろん」が53%、「よろん」が44%だったのに対して、NHKが89年に行った「第3回現代人の言語環境調査」では「せろん」が36%、「よろん」が63%となって逆転する。つまりこの変化は80年代に至る情報・メディア環境の変化、つまり『噂の真相』創刊の時代におこったものであるといえる。これは『NHK用字用語辞典』の変遷を見ても明らかで、世論という言葉は65年の第1版では「せろん」がまずあり、「よろん」そして「世論調査」という用字が続いていた。それが74年の第3版になると「せろん」が消えている。さらに92年になると『NHKことばのハンドブック』において「せろん=放送では、原則として使わない発音」と明記されている。

―「輿論」の世論化

そもそも輿論(よろん)と世論(せろん)は別な言葉だったということを私はさまざまなところで主張している。明治期において輿論とは、「五箇条の御誓文」にある公論(公議輿論)、尊重されるべき公的意見public opinionであり、世論とは「軍人勅諭」に「世論に惑わず、政治に拘わらず」とある通り、世間の雰囲気や私的心情polular sentimentsを意味していた。ところがこれが敗戦後46年の当用漢字表で「輿」が使えなくなり、代用として「世」が使われることになり、現在では日本世論調査協会の公式見解でも「世論と書いてよろんと読む」ということになっている。

今日、世論調査は大きな政治的影響力をもっていながら、世論調査の意味は正しく理解されていない。世論調査の教科書では、敗戦とともにアメリカから輸入されたといわれているが、日本では戦前にも戦時中にも行われている。そもそも科学的世論調査は35年のギャラップ研究所設立とともに始まるが、アメリカで発展した背景には、大統領主導のニューディール政策を議会の反対を押し切って行う必要があったためだった。つまり世論とは大衆民主主義のために製造されるもので、議会制民主主義の輿論とは異質なものなのだ。

さらに戦後日本で世論調査は民主化目的で開始されたといわれることも多いが、これも疑わしい。実際に調査を行っている最大手の中央調査社は、その歴史を遡れば戦時中言論統制をおこなっていた情報局であり、敗戦後に世論調査が盛んに行われたのも天皇制維持のためだった。

―「輿論2.0」 気分や感情を意見へ

このように輿論(よろん)が世論と書かれるようになり、世論(せろん)がよろんと読まれるようになった変化を、私は「輿論の世論化」と言っている。19世紀の市民社会は輿論の時代だったが、大衆政治による「輿論の世論(せろん)化」を経て、現在の「世論(よろん)の時代」となった。しかし、ここにきて私は再び世論を輿論化していくこと、つまり気分や感情を意見に変えていくことが重要なのではないかと思う。はやりのスタイルでいえば、「輿論2.0」といえるようなもの、19世紀市民社会の階級的な輿論とはちがった公議輿論を、ネットなどのメディアで起こしていかなくてはいけない。

とはいえ、現在の世論と書いてよろんと読む状況では、世論批判は難しい。社会的意識の制御装置として、現行の世論調査は必要としても、気分であり空気である世論を批判する足場として規範的な輿論もまた必要だ。

―既存メディアは教育媒体へ

社会心理学の知見として、人は過ちより孤立を恐れる、自分の意見が多数派と同じ場合には発言しやすく、そうでない場合は発言しにくくなるということがいわれる。これをメディア報道と関連づけたのがE・ノエル・ノイマンの「沈黙の螺旋」理論だ。はじめは多様な意見があったものが、特定の意見をメディアが優勢と取り上げることで、その意見を持つものは発言しやすくなり、そこから逸脱した意見を持つものは発言しにくくなる。その結果、結局メディアが取り上げた意見が圧倒的な主流派となっていくというもの。メディアが空気で多数派を作っていく息苦しい状況に対して、多様な意見が育つ状況を作っていくのがジャーナリズムの役割ではないか。そうであるなら、 ジャーナリズムをメディアで行う必要があるのかどうか、根底からもう一度考えてみるべきではないだろうか。

もちろん、メディアがいつまでも広告媒体モデルでいいかどうかも検討すべきだろう。49年に発表されたW.シュラムの古典的論文「ニュースの本質」のなかで、ニュースには2つの種類があることが指摘されている。一つは政治経済、文化など現実原理による遅延報酬をもつもの、もう一つがスポーツや事件報道など快楽原理による即時報酬をもつもの。遅延報酬とは、時間をかけて成果を得ることができるもので、身近な例では教育がこれにあたるが、熟議により得られる輿論も遅延報酬の産物だ。しかし広告媒体であるメディアは即時報酬で動いてしまいがちで、そうした流れの中で世論という空気は肥大化していく。
ネット時代では即時的なコミュニケーションが進むので、ますます即時報酬の世論に傾いてしまう。そうした中で、既存メディアは遅延報酬の輿論を育てていく教育媒体とならなければ、生き残っていけないだろう。

―権力の監視に必要なのは過剰な富かハングリー精神か

佐々木

ジャーナリズムをメディアで行う必要があるかというのは重要な問題だ。

マスメディアが担ってきたことは、1次情報の取材、何が重要な問題なのかを設定していくアジェンダ設定、調査報道による権力監視の3つに分けられる。このうち権力監視以外はマスメディアでなくても十分可能だといわれている。1次情報などは官庁の情報を直接見ればよいし、記者クラブもオープン化され始めている。しかし権力監視だけは不可能だ。なぜかといえば、金がかかるから。

ネットの登場以前はメディアに対する需要は変わらないが、供給が新聞テレビなどマスメディアだけに限られていたため、そこに過剰な富が流れ込んでいた。それによってマスメディアは調査報道による権力監視ができていた。ところがネットの登場によって供給が爆発的に増え、マスメディアの持っていた過剰な富はなくなってしまった。これは経済原則から考えて当然のことだ。

では権力監視をどうやって行うかだが、アメリカの例だと、NPOで試みられたケースがいくつかあるが、結局維持できなかった。寄付という手もあるが、日本には寄付文化がないので無理だろう。国が金を出すという考え方もあるが、国が出した金で権力監視が行えるかというのは疑問だ。
活字メディアの中では、雑誌はある程度生き残りが可能ではないかと思っている。読者がターゲッティングされているし、少ない人数で運営でき、月刊誌なら5人もいれば成り立っているところは多い。広告は落ち込んでいるが、新しい広告ビジネスを考えればなんとかなるだろう。ただ今のところ成功例はない。

こういう状況で調査報道がどう成り立つかということを、ぜひ岡留さんに聞いてみたい。

岡留

1次情報の取材、アジェンダ設定をマスメディアが行う必要がないことは同感だ。新聞では1面トップなどほとんど官庁や警察など役所からの情報提供が8割で、たまにスクープが出ても、それは検察や警察からいかにリークを引き出して他紙より早めに紙面に出すかの勝負でしかない。大枠において、権力の御用報道機関・広報の役回りしか果たしていないというのが現状ではないか。

地方紙においても状況は同じで、ほとんどの地域では地方紙同士の競合はなく、一紙独占状態。そのため政・官・業、そしてメディアが四位一体の権力となっていて、まず地元の企業や地方自治体の批判などは出てこない。沖縄では沖縄タイムスと琉球新報が珍しく二紙共存している地域だが、それでも地元政界のスキャンダルが報じられるようなことはない。戦後初めてといっていい政権交代の実現で、ようやく外務省、防衛省など中央省庁や、県知事や公共事業の批判なども出来る雰囲気になった。それを見ても、全国紙を含めてメディアがいかに怠慢だったかがわかる。広告収入や事業収入も 落ち込み、部数も減少しているのだから、地方紙も新聞ジャーナリズムの原点に立ち返るしかない。いい意味で調査報道をやれる体制になったのではないかと感じている。

調査報道に金がかかるということだが、僕はそうは思わない。『噂の真相』の場合では8Pのスクープ記事に、取材費を100万円くらい投入してスタッフ3、4人で集中的にやっていたが、大事なのは編集責任者が現場にどう指示を出すか、「俺が責任持つから、とことんやれ」といえるかどうかが鍵だ。新聞はデスク段階ですでに「NO!」が出るケースが多い。毎日、役所の中にある記者クラブに「通勤」し、広報や記者会見、役人のリーク情報に頼り、馴れ合って来た。だから新聞が衰退したのも当然だ。

今、沖縄では、若い記者たちに悩みや相談を受けることもあるが、大事なのは調査報道という原点に立ち返ることではないかとアドバイスしている。そうすれば部数も徐々に回復していくはずだ。というか、それしか新聞がこれから生き残る途はないのではないか。 ネットに擦り寄っても経営的には貢献しない。

―玉石混交の情報 フィルタリングできるか

僕のほうからも少しIT時代というところに話を戻して問題提起をしたい。ネットでよく言われるのが、いい加減なタレ流し情報が多いということ。雑誌であれば、奥付に編集発行人が明記されていて、問題のある記事を書けば訴えられるし、抗議も受ける。右翼やヤクザからの暴力的な殴りこみだってある。『噂の真相』が間違った記事を書けば、僕が裁判所や検察に呼び出される。だからこそ、雑誌情報の媒介者として編集者の社会的責任が問われるし、それを常に自覚しなくてはやっていけない。 ネットにおいては、匿名性ゆえに情緒や感情などかなり差別的言論や、いい加減なガセネタも多く、情報が正確なのかどうかの整理ができていない。ネットの管理者として情報を取捨選択、整理するシステムを作っていかないといけないのではないか。でないと、アナーキーなネットの持つ可能性やメディア機能も権力が介入し、いずれ統制が強まる中で潰されていくのではないか。

「オーマイニュース」というネットメディアが韓国で大成功して、日本にも進出してきたが、結局は撤退してしまった。オーマイニュースは市民記者がニュースを持ち込むシステムで、当然間違った記事を書けば訴えられることもありうるから、そのニュースにチェックをかける必要があり、日本では編集長や委員として、僕の知りあいでもある鳥越俊太郎,元木昌彦,青木理、そしてここにいる佐々木さんなど様々な人が関わったが、うまくいかなかった。 日本と、韓国や中国との国情の違いやネット事情にも大いなる違いがあったともいえる。

そこでぜひ佐々木さんに伺いたいのは、ネットがジャーナリズムとして有効性を発揮するためには、編集者のチェックを通すなどの情報のセレクトが必要だと思うが、それについてどう考えますか。

佐々木

アメリカでは、ニュースアグリゲーターとよばれるポータルサイトができている。これはあるトピックについて、関連するニュースのリンク、ブロガーの分析記事やツィッターでのコメント、そして独自の取材記事が集められていて、そのトピックの全体を網羅することができる。これはマスメディアの再構築モデルとなりえるのではないか。

―専門性のないマスコミに輿論は作れない

ニュースアグリゲーターの利点は、あるトピックの全体を網羅でき、それに関する専門知識を得ることができること。逆に今の新聞を読んでいても専門知識は手に入らない。なぜかといえば、書いている記者に専門性がないから。例えば私の取材しているITの分野で、日経新聞の記者と会うと、彼らの知識の欠如を感じる。なぜ欠如しているかというと、異動が頻繁だから。何も知らない状態で配属されてきて、それなりに知識が付いてきたころには次に異動してしまう。結局その専門性をどう高めるかという議論が全くされていない。

専門性がないところで語られている議論は、どんなに集まっても輿論ではなく世論にしかならない。だからマスメディアは世論形成しかできない。そこで考えるのは、輿論を構築する母集団は社会の全員ではないのではないかということ。例えばNTTの再々編問題をどうすべきかということについて、情報通信業界の人は参加すべきかもしれないが、何の知識もなくテレビでその問題を知っただけの人が参加すべきかというと、参加すべきではない。

国民全体の意思を集めるべきだというものが民主主義のタテマエだが、そうすると全く専門性のない人の意見が入ってきて衆愚化を招くだけではないか。むしろ専門家、ステークホルダーが輿論を形成していくような装置が必要なのではないか。今のマスメディアでは衆愚的な世論しか形成できない。むしろネットのほうがその装置たりえるのではないか。先ほどアジェンダ設定は、インターネットでも問題ないと言ったが、それはいまや国民すべてが知るべきことは少なく、ほとんどはステークホルダーの中だけで語られべきことだからであり、インターネットの方がステークホルダーを集めやすいからだ。

インターネット上で専門家から評価できるようなものを作っていくには、常に母集団をどう設定するかということを意識しなくてはならない。そのために意見、情報の集約を行うメディアが今後必要になってくるのは間違いないだろう。

佐藤

歴史的に見れば、民主主義的なジャーナリズムのためにはむしろ過剰な富が必要で、過剰な富こそが良質なジャーナリズムを生むのではないか。19世紀イギリスの市民新聞を理想化する人は多いが、過剰な富を持ち、時間と暇を有していた有閑階級が議論、執筆を行い、輿論が形成されていた。

時間と暇がなければ、専門性は生まれないし、ゆとりのない人は世論(空気)に流されやすい。

岡留

僕にはそうは思えない。マスメディア業界の人件費はもともと高く、東大など一流大学卒業者も多い。社屋も立派だし、不動産の所有も多い。そうした中で、メディアが政・官・業と結びついた社会的強者の視点を育んできた側面もあり、それが権力チェックのジャーナリズムにつながっていくとは到底思えない。かつて全国紙に過剰な富があった時代も、良質な記事を出していたかといえば必ずしもそうではなかった。朝日新聞の伝説的な調査報道のモデルともいえるリクルート事件報道などは過剰な富というよりも、むしろ山本博という敏腕記者を中心としたチームワークと現場の踏ん張りによる取材力や知恵によって達成できたものだと思う。

篤志家や有閑階級の余裕に支えられた19世紀とは時代が違う。今や富の蓄積の前に、一人一人の記者自身の志やハングリー精神の復権こそが新聞の危機を救う方法のひとつではないかと思う。

―過剰な富が無くなる世界

佐々木

朝日新聞のような高給が必要かはともかく、普通の会社が成り立つ程度には富は必要だろう。

ただ、佐藤さんは過剰な富が良質なものを生むというが、過剰な富が無くなるのが間違いない世界でどうするかを考えなくてはいけない。

インターネットも、プレーヤーが莫大に多いため、富は蓄積されていない。アメリカでは、レイオフされた新聞記者が300万円程度の年収で、AOLに雇われているらしい。そうやって調査報道を成り立たせることは可能かもしれないが、記者にとっては不幸極まりないことだ。

また、専門性に関しての議論だが、今のIT化されたライフログ社会においては必ずしも過剰な富だけが専門性を生むものではないと考える。例えばコンビニでバイトをしながら、自分がワーキングプアだと考え暮らしている人がいるとする。そのとき彼はコンビニのアルバイトにおいて、またワーキングプアという問題について専門性をもち、それが政治につながっていくこともありうるのではないか。

佐藤

アカデミズムの世界では、一般的にジャーナリズムは理想論で語られることが多く、ハングリー精神が当然といった雰囲気がある。しかし私は、その理想論はあまりに現場の現実とかけ離れているし、ゆとりが必要なのではないかと考えている。理想を抱いてジャーナリズムの世界に入って挫折する学生も多い。インターネットも含めたメディアが、広告媒体であるという現実を踏まえて、どうするかがもっと語られるべきではないか。

―富だけでなく報道にやりがいを

岡留

現場でメディアを作っている人間とアカデミズムの世界の住人は別ものだ。しかしその別々の分野が、相互関係の中で有機的に結合して社会をよりよくしていく役回りが重要だ。『噂の真相』のような突出した反権力ジャーナリズムに対して、アカデミズムの側が疑問を投げかけることも大事だし、また暴走する政治家や官僚、学問の府の怠慢・堕落に対してメディアが監視役をしていくことも重要だ。それぞれの立場で職業倫理と社会的職分を発揮して、アカデミズムとジャーナリズムを有機的に結合していくことが社会全体をよくしていくシステムにつながるのではないのか。

最近、エリートで大手メディアに入った記者たちを見ていると、なぜか破廉恥事件を起こしたり、精神を病んで辞めてしまったりする人が多い。現場に非常に強いストレスがあるのではないかと思う。給料はもちろんいいはずだが、自分が思い抱いていた理想的なジャーナリズムというものが現場になく、やりがいを感じられないのではないか。といって広告媒体である面を強調しすぎると、メディア・タブーも必然的に増え(例えば、電通)、自由な言論の幅はむしろ縮小して閉塞感は強まるのではないか。自由なきメディアなんて、面白いわけがない。

佐藤

広告媒体であると認識することは、むしろメディアを批判的にみる視点につながる。批判的視座を読者が築くことが大切だろう。

また、いかにすれば広告媒体から離れたところで、ジャーナリズムをやっていけるかを考える必要もある。

佐々木

志は大事だ、しかしそれを期待してはいけない状況だ。志に期待しなくても、成り立っていくアーキテクチャーとしてのジャーナリズムを求める社会になってきている。

もちろん志を持った人がいるのはいいことだが、現状は志すら持てなくなっている。今のメディアが崩壊してなくなってしまう前に、新しいジャーナリズムのアーキテクチャーを作っていかなければならない。

―IT時代に何が求められるか 最後に一言ずつ…

佐藤

いかに「情報の読み手」の質を高めていくかが最重要だ。私自身が、輿論と世論の区別を考えるように主張しているのも、それでリテラシーが高まることを期待してのことだ。これからは読み手の時代、個人が責任もってメディアに接していかなくてはならない。

佐々木

ビジネスの突破口を見つけることが重要だ。

90年代は検索エンジンが儲かるなど、誰も考えていなかったが、キーワード広告というビジネスモデルが生まれ、いまやグーグルは2兆円の収益を得ている。

ITビジネスはいわば、金鉱を掘るようなものだ。ほとんどの人は見つけられずに退出していくが、金脈を見つけた人の儲けは大きい。メディア事業においてはその金脈が見つかっていない。誰かが広告モデルなり、課金モデルを作りだせば、そこに過剰な富が形成されるだろう。それに期待したい。

岡留

ITの強みは速報性やデータ検索などの豊富さにあり、いろんな可能性を持っていることは否定しない。そうした中でビジネスモデルを見つける人もいるだろうと思う。しかしその中の成功者がメディアの調査報道に資金を使ってくれる事に期待するというのは、19世紀的だし、メディアとしては他人まかせすぎる。実現性にもかなり疑問符がつく。仮に実現しても、その資金提供者もタブーの存在になるという根本矛盾をかかえることになる。

古臭い言い方かもしれないが、やはりジャーナリズムに関わる人たちには志に期待したい。ジャーナリズムは資本の論理が貫徹する組織体だが、そこには個性を持ついろんな人間があつまっている集団でもある。収益だけを第一義にする銀行や商社とは違うところが言論を扱うジャーナリズム企業体の特殊性。例えば、決して多くの収入を得ているわけではないが、佐野眞一などのフリーで一匹狼のノンフィクションライターも多い。彼らは自分の足と頭を使って緻密な取材を展開して記事を書く。自分の志や世界観を持ちながら、生活もどうにか成り立たせている。そういった人たちが、ジャーナリズムという世界を最底辺から支えている事実も見逃してはならないと思う。

(了)

《本紙に写真掲載》


佐々木俊尚 (ささき・としなお)

1961年生まれ。毎日新聞社、アスキーを経てフリージャーナリスト。「2011年新聞・テレビ消滅」(文春新書)「仕事するのにオフィスはいらないノマドワーキングのすすめ」(光文社新書)など著書多数。

公式サイト http://www.pressa.jp/

岡留安則 (おかどめ・やすのり)

1947年鹿児島県出身。法政大学卒業後、「マスコミ評論」を創刊し、79年「噂の真相」を編集発行人として創刊。25年間、スキャンダリズムを追求し、メディア界で独自の地歩を築く。数々のスクープを世に問うが、04年3月、黒字休刊に踏み切り沖縄に移住。その後、朝日ニュースター「TVウワサの真相」で二年間、番組顧問兼コメンテーターをつとめる。主な著書に、「噂の真相25年戦記」(集英社新書)、「編集長を出せ!」(ソフトバンク新書)など多数。

ポスト噂の真相 http://www.uwashin.com/

佐藤卓己 (さとう・たくみ)

1984年、京都大学文学部史学科卒業。86年、同大大学院修士課程修了。87−89年、ミュンヘン大学近代史研究所留学。89年、京都大学大学院博士課程単位取得退学。東京大学新聞研究所・社会情報研究所助手、同志社大学文学部助教授、国際日本文化研究センター助教授を経て現在、京都大学大学院教育学研究科准教授
・専攻—メディア史、大衆文化論
・著書—『大衆宣伝の神話』(弘文堂)、『現代メディア史』(岩波書店)、『「キング」の時代』(岩波書店、日本出版学会賞受賞、サントリー学芸賞受賞)、『戦後世論のメディア社会学』(編著、柏書房)、『言論統制』(中央公論新社、吉田茂賞受賞)、『8月15日の神話』(ちくま新書)、『テレビ的教養』(NTT出版)、『輿論と世論』(新潮選書),『ヒューマニティーズ歴史学』(岩波書店)など

佐藤卓己研究室 http://www12.plala.or.jp/stakumi/

(以上順不同)

関連記事