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人の合理性の限界説く 西村周三副学長

2009.12.06

iCeMS=アイセムス(物質―細胞統合システム拠点)は11月14日、京大理事・副学長である西村周三・名誉教授(経済学研究科)を招き、「iCeMSインテグリティセミナーシリーズ~生き方と責任~」の第3回目を開いた。今回のセミナーは、西村教授の基調講演「人はなぜ合理性から逸脱するのか行動経済学から見た人間の矛盾と葛藤」がメインで、中辻憲夫iCeMS拠点長による前説、西村教授と上野隆史iCeMS准教授(化学者)との対談のほか、西村教授との交流会、yumiさんによるフルート演奏(ピアノ伴奏・植村美有さん)が行われた。

基調講演では、西村教授が経済学の1つである「行動経済学」の説明をすることで、実際に社会の中で人がどういう行動をするかの解釈を述べた。「行動経済学」とは1980年ごろから心理学や生物学、認知科学などと融合して展開された、人の理性・合理性には限界があるという前提のもと、人がゲーム(経済行動)をどのようにとるか考えるという経済学である。それ以前の「ゲーム理論」を中心にしてきた経済学が、合理的に行動する人だけがゲームをする場合しか取り上げて来なかったので、西村教授はそれに限界を感じ、実際の人間の行動が調べられるような研究を始めたという。ところが当時の国際的ジャーナルからはねのけられて一時、論文を書くことをあきらめてしまい、当時もっと粘り強い意志を持っておけばノーベル経済学賞が取れたというので悔しいとのこと。

そのように前置きして西村教授は、そもそも経済学は社会哲学を追求してきて、どういう社会であればみんなが「幸せ」になれるかを研究するものであることを述べた。「社会の幸せ」は「一人一人の幸せ」が足された合計であり、「一人一人の幸せ」がはっきりして初めて社会の「幸せ」が定義されるという。経済学での「合理性」の概念はその「一人一人の幸せ」と関係し、「あなたは何をしたいのですか」という質問に答えられることが「合理性」の第一歩であるそうだ。日本では、欧米と異なり一人一人の意見を持たせる教育がなされていないために「みんなと同じことがしたい」という答えをする人が多いとのこと。それも「みんな」が指しているのは自分の周りの7,8人の人に限られると西村教授は推測する。また日本での医療の考え方を例に挙げて、日本人は利己的であるより、多くの人のためを思う傾向が大きく、また個人の哲学と社会の哲学をあいまいにしてきたことを述べた。そこで西村教授は、個人の哲学と社会の哲学をフィードバックする上で、しっかりと両者を分けて議論すべきだと主張した。優先順位や物事のバランスを考えることや、情報との向き合い方が重要であることも訴えた。

次に「合理性」と関係する議論として、情報や「規範」、リスク認知の問題について取り上げた。まず情報の問題について、「合理的」であることを「賢明」と同じ意味とした上で、情報が十分に与えられたら大方正しい行動をするが、逆に情報が多すぎて自分がどうしたらよいのか分からない場合があることを指摘。「規範」の問題については、その通りに実行する「意志」の強いことが「合理的」であるかどうか、また「合理性」には訓練したら良くなるものと、生まれつきのものがあるのかについて議論されていることを紹介した。リスク認知(どの確率でどの程度の災難を受けるのか人が感じていること)の問題については、主観的なリスク認知と客観的な(専門家による)リスク評価との「ずれ」が研究されていて、それをもとに社会がリスクを扱わなくてはならないと述べた。加えて、すべてのリスクを無くすことに努力するよりも、不幸にあった人を手厚くお世話するという「グリーフ・ケア」をする方が効果的であるとも述べた。

続いて、フォン・ノイマン(1903~1957)が発明した「期待効用理論」ついてその功罪を述べた。「期待効用理論」とは金融工学の基礎となり、ある行動をしたときに起こりうる結果(幸せ・不幸せ)の度合いを「効用」という係数で表し、それぞれにそうなる確率をかけ算した合計(期待値)を求め、より期待値の大きい行動を選択するのが「合理的」であるとした理論である。市場主義の重要性を唱えたこの理論はアメリカで大いに取り入れられて、「合理的」でない人は消えてしまえという風潮さえ流れたが、心理学の分野から人の不合理的な行動の例が見つかったり、どのように行動すべきかの議論と実際にどう行動しているかの議論が混然一体としたりして、結局、経済学に心理学の分野を加える展開になったという。

最後に人の不合理な行動の典型的な例として、依存症について取り上げた。かつては「合理的習慣形成」という仮説もあったが、「合理的」でないのにその行為をやめることができないため、依存症は今では非合理的なものであるとされているという。西村教授はタバコやオンラインゲームなどを例にとり、「ハマり」やすいのはどんな人なのか、依存症から抜け出させる方法について紹介した。近くの快楽を求める人や世の中を過度に楽観的に生きる人、くよくよする性格の人、将来に不安を抱えている人、コツコツしている人などが「ハマり」やすいと言え、依存症の治療法は、例えばオンラインゲームに「ハマった」学生にパソコンを壊させる、ということをしないといけない程、難しいものであるそうだ。しかし、人はその本性として何かに「ハマる」ものであり、そこに人間の面白さがあると西村教授は主張する。そして良い「ハマり」方と悪い「ハマり」方があり、また、抜け出すことのできる「ハマり」とそうでないものがあり、これからはそういったことについて研究していかなくてはならず、心理学や生物学、認知科学、経済学などの分野が融合することの重要性を述べて締めくくった。

この「iCeMSインテグリティセミナーシリーズ~生き方と責任~」は、多様な分野の先生方を招き、人がどうやって生きて、どうやって責任を果たすか考えるセミナーであり、次回は12月19日に角田泰隆・駒沢大学教授を招いて「如何生きるべきか・仏教が説く実践哲学と禅僧道元の人生訓を中心に」の題で行う。