“アメリカなき” 世界は実現しうるか エマニュエル・トッド氏来たる(2009.11.01)

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10月20日、人間・環境学研究科棟の地下大講義室でフランスの人類学者エマニュエル・トッド氏による講演会「世界経済危機とアメリカ帝国の崩壊」が開催された。

トッド氏は家族の類型、識字率、出生率から近代化のプロセスを導く独特の理論で知られており、1976年には『最後の転落』で旧ソ連の「10~15年以内の崩壊」を予測。2002年には世界的ベストセラーとなった『帝国以後』で、アメリカは帝国にならず、その力は衰退し、世界は“アメリカ抜き”でも回ることを知ると論じていた。予測が当たったかのように、昨秋のリーマン・ショック以降これまでのグローバル経済体制そのものが危機に瀕する中、その発言に注目が集まっている知識人の一人である。

● 識字率と近代化崩壊

トッド氏はまず、社会の近代化に不可欠な要素として識字率の上昇と、それに伴う出生率の低下を挙げた。ヨーロッパや日本では中世の後半からこれが共通に見られる。聖職者や貴族といった特権階級の独占物たる文字が町人、農民へ普及する。フランスでは17世紀末より漸次的に出生率が低下する。

講演では触れていなかったが、『新ヨーロッパ大全』等の著書では、近代化の要因としてもう一つ脱宗教化とイデオロギーの誕生にも触れている。

文字を知らず、教会で教わる「神の国」に思いを託すしかなかった人民は、識字化されると、様々な概念を学ぶことになる。イデオロギーという、この地上の国を変革する思想を知るようになる。識字率の上昇と近代市民革命は明らかな相関関係があるとトッド氏は論じる。日本の急速な近代化を説明するには識字率が江戸時代において一定の高さを誇ったことと無縁ではないという。

1980年代以降、中国、インド、ラテンアメリカ、イスラームといった後進地域でも識字率は上昇を始め、出生率は低下傾向にあることを挙げ、こうした「近代化サイクル」とも言える現象は特定の地域だけのものではなく、普遍的なものであり、こうした人類の進歩は疑いないと述べた。その上でかつて人々を不安にさせた人口爆発は過去のものとなり、2030年には世界中の若者が読み書きを出来るという前代未聞の事態をもたらすと予測。ただし、この近代化サイクルへの突入が中国、イランといった地域で直ちに民主化に繋がるかは非常な関心を持って見る用意があるとした。

● 世界の不均衡

一方でトッド氏は、人口・教育ともに停滞局面に入った先進国と人口も識字率も上昇中の途上国という、発展段階の違う国々が同居していることが現在の不均衡な世界をもたらしていると指摘。

途上国の住民の識字化は、先進国の住民と同等の仕事を遥かに低い労賃でこなせる労働力の誕生を意味し(中国は少なくとも先進国の10分の1の労賃で労働力を購入できる)、こうした中で国内よりも世界市場のため生産する自由貿易主義体制を続けることは、労働者を単なる労賃コストとしか見なさず賃金が抑制される。給与の総額が内需を支えているというケインズが遠い昔に分析していた消費の補完的関係は、自由貿易が進む中で忘れ去られてしまった。賃下げをもたらし賃金が下がれば内需も落ち経済は必ず衰退する。賃金全体の圧縮と内需の減少という現象が世界各地に広がっているのが危機の本質だとした。

さらに各国間の不均衡は、国内においても不平等、格差を広がらせている―例えば先進国では賃金全体の圧縮が起こる一方で富裕層は金融資本のお陰で益々極端に富裕化しており、所得格差の拡大が前代未聞の規模に達していると指摘。社会の役に立たない資金が一部の人間に集中し使われないまま死蔵されていると語った。

危機への処方箋、つまり世界経済を安定化させる策として保護貿易システムを取る必要を提唱。一方でこうした主張は自由貿易イデオロギーから脱却していない政治家からは相手にされない、と不満を述べた。

● アメリカの衰退

アメリカについてトッド氏は、その終わりの始まりがイラク戦争ではっきり証明されたと断言。

更にドルの暴落を予測し、私がエコノミストだったら絶対に持たないと語った。その上でドルのレートが上がるのは実体経済の繁栄ではなく、人々の強いドルへの期待があるからだとし、未だにアメリカが世界システムの中心であり、この危機を解決することが出来るのはアメリカだけに依存するという現状を病的であると語った。人類最大の金融詐欺をやったのはアメリカであり、G20でもギャングの集団に行ってお伺いを立てるようなものだと、アメリカを非難した上で各国の政治指導者にアメリカ無しで世界秩序を構築するといった発想がないことが問題だと述べた。

オバマ大統領の就任については、ブッシュ時代のネオコンのような、極右的路線が中道リベラルに変わるのは良いこととした上で、オバマニア、オバマジョリティーというような言葉であたかも彼が世界の救世主のように熱狂する構造が政治指導者の中にすらあったことを懸念。アメリカは大きく変わると言われているが、経済構造は変わってない、彼の存在は人々に幻想を与える効果を果たしているかもしれないと述べた。

最後にトッド氏は、ヨーロッパの政治指導者達はほとんど疲労感に見舞われており、新しいビジョンを作る能力が無い、知的能力が衰えているとし。政治経済のエリートの知的水準は、この危機に瀕する社会を反映しているのかもしれない、と悲観的な見方を示した。

講演ののち、佐伯啓思・教授(人間・環境学研究科)との対談、著作へのサイン会も行われ、会場は盛況を極めた。

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