〈生協ベストセラー〉 ホルヘ・ルイス・ボルヘス著『創造者』 ―大作家が紡ぐ「最上」の詩的世界―(2009.08.01)

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作者ホルヘ・ルイス・ボルヘスはアルゼンチン生まれの作家、詩人。

今回取り上げる『創造者』には24の短編集、25の詩作がおさめられている。本国アルゼンチンでは1960年に刊行。75年には今回の文庫化新版のもととなった日本語訳『創造者』が鼓直(つづみ・ただし)氏の翻訳により刊行し、1980年代の日本でのラテンアメリカ文学ブームの端緒となった。

本書末尾にある鼓氏の「解説」によると、『創造者』は1954年から59年までボルヘスが雑誌に投稿していた散文・詩を、編集者の執拗な求めに応じて寄せ集め的にまとめたものだといわれるが、後年、ボルヘスは「自伝風エッセー」でこれを自らの作品の中で「おそらく最上の作品」と話していたという。

そのような高い自己評価の理由については「どのページにも埋草がなく」「短い詩文の一篇一篇がそれ自体のために、内的必然にかられて書かれている」としているが、確かに著作全体でのまとまりや流れといったものがまったくない。母国の大作家にささげる短文からはじまったと思いきや、視力を失いつつあるギリシャの「創造者」の姿を描き、詩作ではかつての恋人のあでやかな姿をうたったかと思えば、「鏡」や「砂時計」について想像力豊かな一考察を加える。そしてそれぞれに印象的なフレーズが現われることもあって、一冊の本を読んでいるというよりは、まったく別の作者の作品を次々と読んでいくような感覚におそわれる。かつて文学者・澁澤龍彦氏がボルヘス追悼の際に「ボルヘスを読む楽しさの1つは、ボルヘスとともに古今東西の文学作品を読むという楽しさである」(『ボルヘスの世界』より)と語ったとおり、本書の中でも、彼が最も敬愛したといわれるダンテの『神曲』をはじめとして、イギリスのジョン=ミルトン、ローマの詩人ベルギリウスの『アエネイス』、アルゼンチンの作家マセドニオ=フェルナンデスなど、多くの作家・作品が、ある時は引用され、またある時は綿密な分析にさらされ、そして時には隠喩として用いられる。あえていうなら、度々顔をだすギリシャ・ローマ神話の人物たちが、本書全体の醸し出す情緒を支えているといえるだろうか。

ボルヘスは、ラテンアメリカ作家でも長編作品をほぼ書くことなく大作家となった点に特徴があり、『伝奇集』『ボルヘスとわたし』などの短編集で名を馳せた。鼓氏もボルヘスの第一の魅力は「巧緻な短編小説の作者としての才能および成果」だと述べている。が、一方でボルヘス自身が小説を「叙事詩の変容もしくは頽落した形式である」と語っていることも指摘しており、あくまでもボルヘスは「詩」、とくにそのもっとも古い形式であるところの「叙事詩」を作品形態の中でも至高のものととらえていたようだ。実際、本書の題名ともなっている「創造者」は、彼のハーバード大学での講義をおさめた『ボルヘス、文学を語る』では「詩人」を指す語として用いられている。

エピローグで彼は「この雑録を編んだのは私ではなく時間である」とし「主題の地理的もしくは歴史的な多様性が見る眼に明らかであってほしい」と述べている。思うに、題名の「創造者」とはおそらく、古代から現代にいたるまで生まれては死んでいった幾多の詩人・詩作たちへの敬愛の念と、自身もまたそのひとしずくとならんとする決意の念とを表象する言葉であるのだろう。(義)


《本紙に写真掲載》

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