青木昌彦氏講演会「経済学をどう学ぶか」 抄録(中)(2009.06.16)

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冷戦の崩壊は、世界全体を一つの経済市場に仕立てた。一つの市場と化した世界では、一国の経済混乱が世界全体に波及する。そのメカニズム、解決策は、けっして一筋縄でいくものではない、と青木氏は語る。

ポスト冷戦からグローバリズムへ

戦火のヨーロッパから逃れてアメリカに渡った学者たちが、20世紀の中頃、経済学への発展に大きな功績を残します。前にも述べたハーウイツ(注1)もそうですが、とくにハイエク(注2)は、「共産主義体制では資本財の市場が存在しないので、価格計算ができない。社会にある様々な有用な情報を中央計画当局に集中して計算問題を解くという集権的なやり方では、情報をうまく使いこなせないから、そのようなシステムは必ず崩壊する」と彼は主張します。最終的にソビエト連邦が1990年に崩壊しました。市場経済が経済システムとしては正しいと証明されたというわけです。

この1990年は皆さんが生まれたばかりの頃の話ですが、共産主義体制が崩れると市場経済や価格システムは自発的に成り立つのかという問題が当然出てくるわけですね。そこでアメリカのIMFや世界銀行の人たちがロシアに行って経済的なアドバイスをするようになります。コーポレート・ガバナンス、会社法、あるいは証券取引法などといったアングロサクソン的な法律体系をロシアに持ち込もうという動きがあったわけです。

ところが、ここに一つ面白い問題があり、中央集権的な計画経済の中へ市場を導入するのに、法律などで十分なのかという問題があります。いくら法律を持ち込んでも法律を確実に実行していくシステムが出来上がっていないと画に描いた餅になってしまう。ロシアにおいては長い間計画経済で進んで来たわけですから、これからは市場経済でやるといっても 物の売り買いというのは基本的に信用の交換で、英語で言うところのトラストが必要となってきます。

もしトラストを破るような行為を誰かにした場合、例えば契約違反をした人に対して損害賠償が伴うという仕組みがなければ商品経済はうまくいかないわけです。法を破ったものには、裁判所などという中立的な機関によって罰則が確実に加えられなければ、商品経済には大変な混乱がおきますから、ロシアでは契約違反をした時には、相手がマフィアまがいの人、昔でいうところのKGBや秘密警察の人間などを雇っての恫喝が頻発します。

1990年代というのはそれまでの資本主義と社会主義という対立がなくなって、社会主義経済が資本主義に移行していくわけですが、資本主義というのは必ずしも簡単にうまく回るものではなくて、それを支える制度というものが重要な役割を果たすことが自覚されるわけです。そこで制度派経済学が1990年に経済学の分野で非常に重要なフィールドになっていくわけですね。

制度が重要だという考え方と法律さえ作っておけば市場経済はうまくいくという素朴な考え方との対立が90年代にはあったわけですが、だんだん市場経済が根付いてきて金融市場のグローバル化が進行すると経済活動の中でも特に会社の運営機構であるコーポレート・ガバナンスでは株主の利益のために会社を運営することが一番効率的であるという考えがだんだん力を持つようになってきます。実際には企業では資本以外でも労働者であるとか、下請けであるとか、いろいろ利害関係者がいるわけですが、労働者や下請けに対しては契約に基づく支払いをして,価値の残りの分(レジリアル)が株主のものになるという理論があるため、この剰余を最大にすることが経済価値全体を最大にすることになるという考えに基づいていたわけです。

暴走する信用の連鎖

その意味でシェアホルダー・オリエンテッド・モデル(株主志向型モデル)こそ一番良いという考えが、20世紀の末から21世紀にかけて大変強力な流れになっていきます。これは、企業が従業員のであるとか、株主のであるとか、消費者であるとか,いわゆる様々なステークホルダー(利害関係者)のあいだのバランスを取るのではなくて、労働者には前もって契約で報酬を決めておいて、株主の利益を最大にするそういう考え方です。

そのうち2000年代の始めにドットコム・バブルというIT産業の分野でバブルが生じます。私はシリコンバレーというIT産業の中心地のど真ん中に住んでいますが、当時は学部を卒業したばかりの学生とか大学院の学生が自分たちでどんどん事業を興して、まだ20代にして億万長者になる人も出てくることがありました。そのITバブルが2002年にはじけて、今申し上げたシェア・ホルダー・オリエンテッド・モデルが少し行き過ぎたのでないか過剰だったという批判も出ました。実際、当時エンロンなどでは会計を偽装して株価を吊り上げる行為が行われていました。その手のカラクリが暴露され、アメリカにも企業内部管理に対して厳しい規律が導入されたわけです。

この規律を嫌って、金融に携わる多数の人たちがアメリカから逃れてロンドンのシティに集うという現象が発生しました。その結果ロンドンに金融資本が流れ込んで、不動産価格が2、3倍にも高騰したため、昔からロンドンに住む人にとっては、ロンドンは住みにくい街になりました。それが続いて、昨年証券会社のリーマンブラザーズが破綻したり、AIGといった保険会社が破綻したり救済を受けたりということになるわけです。

そこでなぜそのような事が起きたか、なんですが、この問題を考えるにあたっては、グローバルな規模で何が起こったかをしっかりと捕まえる必要があります。今の危機は単にアメリカの景気が回復すればよくなるというものではありませんし、また市場原理主義は間違いであり日本的経営に象徴されるような昔ながらの良さを生かす仕組みに戻るべきだと訴えても、ダメだと思います。

1990年代から2000年にかけての「失われた10年」のきっかけとなった1993年には日本でも住宅金融のバブルがはじけて、住宅金融のために銀行や証券会社によってつくられた住宅金融専門会社が破綻しました。これと同じ事態が昨年のアメリカのサブプライムローン問題です。あまり信用度の高くない人たちに普通より高い金利で住宅貸し付けをした銀行のローンを保障したり,そのデリバティブを大量に持っていた住宅金融公社,といっても民間会社ですが,が破綻寸前となって,アメリカ政府はその2つの会社を救済した訳です。

日本の場合にはそういう会社を清算したのですが,その時の政府の公的資金の使い方が,農協などの利益団体に有利であったため,政治的に不評だったものですから、日本政府はその後危機の対応に及び腰になります.アメリカの経済学者は当時日本の金融当局・財政当局がすぐにしかるべき措置をとって問題を解決しない、と大変な批判をしました。それが今アメリカで同じような状況が起こり経済学者のポール・クルーグマン(注3)あたりは 数日前の記者会見で、我々は当時の日本の政府から学ぶべきものが多いと語っています。

ともかく日本と同じようなそういう状況がアメリカに生じたわけですが、これはアメリカだけの問題ではなく、グローバルの問題です。これはなぜかと言うと、「失われた10年」の時に日本の景気を回復させるためにとった低金利政策が影響しているからです。すなわちほとんどゼロ金利も同然の政策を日銀が選択しました。さらにゼロ金利だけではなくてデフレの状態だったわけですから、お金を借りた方が得になる状態です。

ところが日本だけ見てみるとゼロ金利の状態からなかなか景気が回復しない。そこで何が起きたと言うと日本や海外の投資家が日本の金利が低いのを目に付けて日本でお金を借りて海外で投資するようになります。これを円キャリートレードと呼びます。これにより、ニューヨークなどでは大量のドル金融資産に対する需要が、創出されたわけです。たとえば小国のアイスランドでは、一般市民が住宅を購入するために日本円でお金を借ります。その結果、昨年バブルが破裂してアイスランド通貨が円に対して2倍の下落を示しました。そうなるとアイスランドで家を買った人たちは負債が2倍に跳ね上がるわけですから大変な状況に陥ります。そんなことが世界中で起こっているわけです。

中国はバブルの火薬庫か

それともう一つ、中国というファクターがあります。20年ほど前には中国の人口13億人のうち8億人が農村で暮らしていて5億人が都会で生活していると言われてましたが、それがここ10~15年の間に2億人もの農民が都市へ移動したと言われています。2億人というと日本の人口以上の人数が移動したことになりますからこれは日本人にとっては気の遠くなるような大移動です。

この結果、今では農民6億人に対し都市住人が7億人となり、今では比率が逆転しています。更にあと2億人の人口が都市に移動しなければ中国の経済成熟は成り立たないという問題があります。それだけ多くの人口がいるため、年8%という高い経済成長率を示さなければ、この転換が実現できないわけです。特に中国は10年前から学校制度の改革が進んできましたから、大学生の数は5倍に増えています。その結果毎年500万人が大学を卒業しますから、彼ら卒業生にはある程度質の高い就職先を確保しなくてはなりません。

これは言い換えると、中国における年8%成長は日本における0%成長も同然である状態という事になります。そういう背景で経済成長が進むと中国国内には当然いくつかジレンマが伴います。1997年にアジアで通貨危機が起こった際に、韓国やインドネシアでは外貨準備金が底を突き(流動性クライシス)、世界銀行やIMFが援助しなくてはならないことがありました。それにより韓国ではウォンの価値が70%も落ちるという事態もありました。このような急激な通貨の下落をsudden stopと呼ぶこともあるのですが、そのようなsudden stopが起こったら大変だと中国国内でも心配しなす。そのため、経済成長の過程で外貨準備金をすべて消費しないように貯蓄しなくてはなりません。

外貨準備金に並ぶ問題として、一人っ子政策の問題があります。今後中国の平均寿命は確実に上昇しています。21世紀中半には中国は日本と並んで世界一の老齢国に至ると言われています。そうしますと、国として貯蓄がなされるという事が当然必要となってきます。そのようないくつかのファクターが結び合わさって中国でも外貨が蓄積され、ニューヨーク、シティに流れる。日本と中国から、原因こそ違うものの、金融資産がアメリカやロンドン、ヨーロッパに供給されていくという事態がおこったわけです。



(注1) レオニード・ハーウィツ(1914~2008)
ロシア生。アメリカの経済学者・数学者。ハイエクに師事。情報の伝達やメカニズムの研究を世界に先駆けて行った。メカニズムデザインの理論の基礎を確立し、ロジャー・マイヤーソン、エリック・マスキンとともに2007年のノーベル経済学賞を受賞。過去の共同研究者に宇沢弘文、弟子に青木氏がいる。

(注2) フリードリヒ・ハイエク(1899~1992)
オーストリア生まれの経済学者、哲学者。オーストリア学派の総帥で、20世紀を代表するリバタリアニズム思想家。1974年ノーベル経済学賞受賞。新保守主義・新自由主義の思想家として知られる。

(注3) ポール・クルーグマン(1953~)
アメリカの経済学者。1980年代の日本経済をニュー・ケインジアン的なモデルを使って分析。「流動性の罠」に落ちていることを指摘し、デフレ不況に対する日本政府や日本銀行の対応の遅さを繰り返し批判している。

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