〈研究ノート〉 8頁目 法を歴史的な文脈から考える「日本法制史」 高谷知佳・法学研究科准教授(2009.06.16)

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法学というと、「憲法や民法といった既存の法律に解釈を与え、実際に裁判における実用に供する学問」というイメージが強い。しかし、法学部で扱う「法学」は、そういった既存法の解釈にとどまらない。法がこの社会的文脈の中でどうあるべきか、という法のあり方や法に対する見方をめぐる議論もまた、「法学」で扱う重要な分野の一つである。日本法制史は、そうした「法学」、とりわけ基礎法学のうちの、歴史的な文脈から考える学問である。

高谷准教授の研究領域は、主に前近代の法。「法」というと近代国家が公と私を分離させることから成立したものと思われがちだが、日本法制史ではより高次の視点に立ち、各時代に特有の社会問題に対応するための諸々の「規範」全体を、秩序を形成するもの、すなわち「法」としてとらえ、そのダイナミズムを検討する。どのような時代の社会にあっても、それぞれの社会問題に対処していた点では普遍的な行動をとっていたのであり、そこには、柔軟で相対的な「法」意識が見え隠れする。たとえば有名な法として、鎌倉中期に人身売買が解禁されたことがある。現代の感覚では人権観念の欠如に映るだろう。しかし、ここには当時深刻な問題であった飢饉に直面した人々が、裕福な者に下人として仕えることにより、最低限の生活の保障を得るという目的があった。現代的な固定観念を脱して過去の諸規範を眺めたときに、当時なりの「合理性」が垣間見える。法制史が検証するのは、どんな時代であってもツールが違うだけで、各時代に特有の社会問題に各時代なりの方法で解決していたという、法の相対的なあり方である。

そもそも、我々が当然視している近代法というもの自体が、西洋の「共同体の合意が法を生み出す」という発想に由来する。マックス・ウェーバーは近代化を「呪術性からの脱却」と呼んだが、その「呪術性」は前近代の社会が問題解決にあたって枠組みとしていた「文化」の範囲とも言い得る。

たとえば、ペストを始めとする伝染病の流行は中世社会を検討する上で欠かせないが、西洋中世がひたすら家に籠って難が去るのを待った一方、日本中世では御霊会などの怨霊を鎮撫する都市祭礼の対処方法をとった。ここには、首都でのケガレを忌避する思想と、何らかの施策を迫る室町期の人口拡大とのせめぎ合いという背景がある。このように都市の不安をデモンストレーションで解決するという思考スタイルは、一つの文化と言い得る。

さらには、病者や死者を僧侶が救済したり弔ったりしたところには、財政が薄弱な「小さな政府」たる幕府権力に、手を回す力がなく、機動力のある僧に「委託」を行ったという背景が見出せる。このように、前近代の一見宗教的な政策を見るときには、当時なりの「したたかな合理性」を見出す必要がある。だから、この僧侶は「勧進僧」といって、禅や密教の高僧ではない、事業専門の僧だと聞いても、驚くには当たらない。

こうして近代と前近代を相対的に見るあり方の背後には、「成文化された法が必ずしも進んだものであるとは限らない」という、「発展史観」への批判的な視点がある。明治時代以降の学問においては、「法や社会は時代とともにより公正なものへ発展していく」という進歩的な観念のもとに、前近代の法制度の内から近代的な法制度の兆候を見出し、近代への発展の必然性を基礎づけようとする見方が中心的であった。とりわけ、武家の土地や相続を扱う法が充実した鎌倉幕府法は、古代ゲルマン法との類似やきわだった訴訟制度の整備がみられ、絶好の素材となった。しかし、たとえば鎌倉期の民事訴訟制度で注目された当事者主義は、同様の紛争で以前の判決が効力を持つ「既判力」がなく、強制執行もない、という奇妙なものであった。現在ではそうした発展史観は、詳細な研究の蓄積とともに否定され、より相対的な法の検討の必要性が認識されている。こうして相対的な視点から伝染病や災害などの「未知」への対応の仕方を眺めたとき、古代と中世と近世の法には様々な差異が見えると高谷准教授は言う。

現在、高谷准教授が注目しているのは、都市をめぐる法の変遷である。経済の発展とともに都市に莫大な流入民が流れ込むと、互助的な関係の中で保っていた中核部の住民組織とは対立する。もともと小都市を基礎として共同体が発展した西洋と、数は少ないが前近代から大規模な都市が形成された日本、同様に大規模な都市を形成しつつ雇用やインフラなどの点で流入民を受け入れる余裕があったイスラムと、それぞれの社会において、課税や救貧、治安維持など、「都市を支配する」という観念がどのように成立するかは興味深い。

このような社会問題への対応という行為はあらゆる時代に不変であり、「現代で同じ問題に直面したらどうするのか」ということを高谷准教授は強く問う。伝統というものも、その場その場の判断の集積にすぎない。制度に規定されるのではなく、制度をどう規定するか。「法」に携わってゆく者こそが、「法」を相対的に捉え、主体的に形成していくことが求められる。(麒)

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