京大人文研、雲岡石窟寺院の変遷を特定

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戦前調査の遺物を整理、報告書を刊行  京都大学人文科学研究所は、戦前、雲岡(うんこう)石窟(中国山西省大同市)にて行った調査のうち、日本に持ち帰り、約六十年間未発表のまま同研究所に 保管してあった遺物を整理し、その成果を『雲岡石窟』遺物編として一冊にまとめ、刊行した。

雲岡石窟における調査は、一九三八年から四四年にかけて、同研究所の前身である東方文化研究所の水野清一・長廣敏夫両氏が実施し、調査結果はすでに『雲 岡石窟』十六巻三十二冊としてまとめられていた。  しかし、この段階では遺物については詳しく触れられず、もっぱら美術品を中心とした報告となっていた。このため二〇〇二年より、岡村秀典教授(人文科学 研究所、中国考古学)や大学院生らの研究グループが約千点にのぼる遺物の整理作業に着手していた。  「傳祚無窮(でんそむきゅう)」という同じ型の瓦の磨耗度やひびの広がりぐあいから年代を三段階に分け、さらに四八一年から四八四年にかけての造営だと 文献より判明していた約二十五キロ北方の方山永固(ほうざんえいこ)陵から出土した瓦と照合することなどにより、寺院が四七〇年前後、四八〇年代、四九〇 年代と三期に分けて造営されたことがわかった。これまでは、特に第九洞・第十洞の年代について争いがあり、主に美術史的な観点から四七〇年代であるとされ ていたが、これがはっきり四八〇年代後半であると結論づけられた。
また、今回の整理作業により、場所が特定されていなかった雲岡石窟の造営者・曇曜(どんよう)の仏典翻訳の場であった僧院が、第三洞の上にある東部台上 寺院址(じいんし)にあったということや、遼・金の時代にあった雲岡十寺のひとつである「通楽寺」が雲岡石窟最大の大仏がある第二十洞前にあったことなど も明らかになった。第三期(四九〇年代)のものと思われる絢爛な彩色を施した中国最古の瑠璃(緑釉:りょくゆう)瓦も初めて見つかり、この時期には非常に 壮麗な寺院が建てられていたことも推定される。
これまでの研究は、ほとんど建物の内部に焦点を当てたものだったが、今回の整理調査により、石窟の景観まで明らかになった。雲岡石窟については、岡村教授ら研究グループが今後も数年間現地で調査をすることになっている。

『雲岡石窟』遺物編は、定価8400円で販売。B5判、184ページ。問い合わせは朋友書店 Tel:075-761-1285

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