文化

〈研究ノート〉 7頁目 無機超伝導研究の魅力と可能性 吉村一良・理学研究科教授

2009.05.16

北部構内を歩いていると、「液体窒素」「液体ヘリウム」と書かれた金属容器がリアカーで運ばれている場面に遭遇した人は多いと思う。では、その用途について思いを巡らせた事はあるだろうか。

「金相学」とは、その名の通り金属の「相」を研究する学問である。ここでいう相とは物質の状態を表し、電子物性では金属物性、具体的には磁性や超電導の状態を表す。一般に、金属はある温度に達すると相転移と呼ばれる状態の変化が発生するものが多い。吉村教授は、この相転移によって電子がいかなる振る舞いをするか、特に遷移元素と酸素、硫黄、炭素などといった非金属元素との化合物を研究対象としている。たとえば、磁性と超伝導は一般的に相反する性質であるがこの二相が共存した場合お互いがどのような影響を及ぼすかなどについての化学的検証を行っている。さらに、この「相」とは物質の構造によっても変わる。鉄と酸素の化合物である  Fe2 O3 とFe3 O4 を比較しても結晶構造が違うのでそれが相転移にも反映され、性質も非常に異なる。この考えを用いて、結晶中の空洞部分に原子や分子を「挿入する」こと等によって物質合成を行い相の振る舞いを調べるのに役立てている。

金属酸化物の組成についての研究は物理的および化学的なアプローチが考えられるが、化学専攻の金相学研究室では京大・理で無機化合物の取り扱いに関するノウハウを持っている数少ない研究室の一つである。ただ、吉村教授自身も工学研究科出身であることや、物理研究者も実際の金属などの物質合成に積極的に取り組んでいるなど、お互いを隔てる垣根はそれほど高くはなく、共通部分も多い。

超伝導とは、金属やその化合物が絶対零度に近い相転移温度以下の状態では電気抵抗が0になる現象である。相転移が起こる温度のことを転移温度(Tc)と呼ぶ。超伝導現象が発見されたのは1911年であるが、1957年に現象についての量子力学的考察であるBCS理論が発表された。BCS理論によると、電子がペアを作った上で電子同士の斥力を和らげる必要があるが、電子と格子の相互作用によってフォノン(振動を量子化したもの)を媒介として電子間に引力が働くと考えられる。この機構によるとTcはせいぜい絶対零度30度(30K)付近が限界と考えられていた。ところが1986年にベドノルツとミュラー(注)により、同酸化物のある結晶構造下では100K近くやそれ以上の温度での高温超伝導が発見され、超伝導研究は脚光を浴びることになった。

近年、吉村教授が関心を持つトピックとしては、磁気フラストレーションを内在したような物質群(例えばパイロクロア型化合物)に見られる超伝導の他、鉄(Fe)やコバルト(Co)などの磁性元素化合物による超伝導が挙げられる。通説として鉄やコバルトは強い磁性を持つため超伝導は起こりにくい。しかし実際は鉄化合物の超伝導、それも銅化合物以外でTcが30Kを超えることが発見された。これはBCS理論では説明しきれない結晶構造がどんな構造であるかと言う問いへのアプローチであり、鉄原子に加えてヒ素やテルルといった元素からなる格子などを用いて研究に取り組んでいる。

昔は電子顕微鏡などの器具一つを扱うのに専門的なスタッフが一人はいるという状況だったが、現在では技術の進歩により「器具を扱えるのは当たり前、物質について見つけていくのが必要」だそうだ。その点、この研究室の卒業生は物質の合成評価とNMR(核磁気共鳴)のノウハウを兼ね備えた研究者として期待されている。地方大学や企業に行くと予算の関係で限られた設備の中で研究しなければならない場合も多いだけにこのような研究者のニーズは高まっている、と吉村教授は語る。

この分野は基礎研究的性格が強いこともあってか必ずしも実用化に直結しない側面もある。だが、逆に実用化志向に基づいた部門だからと言って研究費助成を受けたところで必ずしも成果に結びつくとは言えない。だからこそ、基礎研究の中での泥臭い積み重ねから新しい物質を見つけるという真摯な姿勢が求められていると言えるだろう。        (如)



《本紙に写真掲載》

注 ヨハネス・ベドノルツ(1950~)はドイツ出身、カール・アレクサンダー・ミュラー(1927~)はスイス出身の物理学者。共に1987年にノーベル物理学賞を受賞。