〈新刊紹介〉 ヒュー・ケナー著『機械という名の詩神』 機械とモダニズム、その関連を読む(2009.04.01)

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20世紀、様々な芸術分野で「モダニズム」と総称される前衛的な作品が生まれたが、文学におけるモダニズムは、第一次大戦後ころと言われる。ジョイスの『ユリシーズ』やエリオットの『荒地』が発表されたのは、1922年のことである。この時代、さらに言えばこの時代に登場した新しいテクノロジーとモダニズム文学との関連が本書の主題である。

とはいえ、著者のヒュー・ケナーは、この時期の作者の伝記的事実に着目するのではない。彼が見るのは、作品のなかに見られる新しいテクノロジーとの類似性である。そこでは、エリオットと電話が、パウンドとタイプライターが、ジョイスと印刷が、ベケットとプログラム言語が重なりあう。

おもしろいのは、ケナーが堅苦しい論文くさいスタイルを決してとらないことだ。専門的な内容を簡単な言葉で、とても軽やかな調子で述べてくれるし、読者の気を引くことを忘れない。そこには、ただ自分の主張を伝えるというだけでない、読者を楽しませようとする意欲を感じる。

ジョイス論の導入部では、ケナーは20世紀のダブリンから話を始めている。ダブリンでは、地中の電線修理のために穴が掘られると、ふたたび埋め立てるまでのあいだ、その穴を見張る隊員が派遣された。この埋め立ては何週間も行われない可能性があった。こうしたことを述べるとき、ケナーの口調は物語のもののようだ。

「来る日も来る日も、隊員たちは見張りをつづける。もちろん、穴を盗む奴など現れないのだが、この見張りは、トラックいっぱいに詰めこまれた、シャベルをもった男たちが、不思議なことに、ある日突然やってくるまでつづけられる。すると、なんと、瞬く間に穴はふさがれてなくなっているのである。」

ケナーの話は流れるようにつながっていく。ケナー自身の体験談が、『ユリシーズ』に出てくるさまざまな職業の人々の行列を、「疾病・貧窮時の肢体不自由者のための協会」という組織を呼びおこさせ、さらに「肢体不自由者」(roomkeeper)という単語が『オックスフォード英和辞典』を呼び出す。

つまり、ここで言いたいのは、本書の文章の流れがかなり自由闊達で、常に「語り手」ヒュー・ケナーが意識されるということだ。内容のおもしろさとは別に、こうした文章の巧みさを指摘しておかないと十分でない気がするのである。文章の流れに身をまかせるだけでもおもしろい。興味のある人はぜひ手にとってみてほしい。(ピン)

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