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“自学自習”は生き残れるか 経済学部、カリキュラムに大きな改革

2009.03.11

09年度入学試験、経済学部では理系入試が導入された。これに伴い、同学部ではカリキュラムが大きく見直された。

今回の改革ではコース制と1回生ゼミという2つの制度が導入される。どちらの制度もキャップ制や必修などの制限を伴う物ではなく、自学自習という選ぶ権利を残しながら、学生に履修のモデルコースを提示し、またインセンティブを与えることでの学力の向上を狙ったもの。今回のすべての制度変更は09年度新入生からが対象で、08年度以前入学者には適応されない。

コース制の導入

コース制は専門科目Ⅰ・Ⅱ(注)を「理論・歴史」「政策」「マネジメント」「ファイナンス・会計」の4コースに分類し、卒業時にその取得状況・成績によってコース修了認定を行うもので、所属を決めるものではない。認定対象は、卒業時に各コースの3分の2以上の単位を取得しその取得単位の半分以上が優である学生。各コースの科目数は30程度ずつに振り分けられていて、多くの科目は2つ以上の科目に重複して分類されている。また2つ以上のコースで認定を受けることも可能。

表彰によって優秀な学生に学習の証というインセンティブを与えて学習に励んでもらい、また学習のモデルコースを提示することで学生全体のレベルを向上させることが狙い。教科主任の依田高典教授は「経済学部の学生は、京大生一般の傾向だが、上位の学生は教授抜きでも1人で勉強し学力を伸ばす。下位の学生は入学時点で燃え尽きてしまっている。問題は多数の中間層、潜在的な学力は高いものの、学力を伸ばせるかは大学の教育体制で大きく変わってくる」と言う。

学科分属の廃止

そしてこれに伴い今まであった経済・経営の学科分属制度は廃止される。学科制度は、3回生から自己申告で学科が決められるだけで、学科ごとの違いは何も無く、名前だけのものであった。分属の廃止は専門の多様化に伴い学生に経済学・経営学の両方が求められていること、およびそれぞれが互いの視点を取り入れることで研究が発展していることも理由にあげられる。

1回生ゼミ

1回生ゼミは1回生全員が既存のクラスとは別の25名程度ずつ、10クラスに分かれ、経済学部教員が指導を行うもの。期間は前期のみで、通常の講義と同様学部科目2単位が認定されるが、必修ではない。評価は、出席や発表、レポート等によって総合的に行なわれるが、詳細なウェイトはクラスによって異なる。

指導内容は大きく分けて2つ。前半はレポートの書き方や発表の仕方、剽窃の防止など学問的倫理教育、図書館など学内施設の利用法など大学生として必要となるスキル。後半はクラスごとに異なったテキストを用いて輪読、発表、議論などを行い、経済学とはどのような学問かを学ぶが、「テキストの中身を学ぶよりもむしろ前半で学んだことを実践して身につけてもらうことに力点がある」と1回生ゼミの責任者である岩本武和教授は話す。

前半の背景には、高校までの教育と大学の教育に断絶があり、大学での学び方自体を学ぶ機会がなかったこと、ルールに対する無知による不正行為および故意の不正行為の防止がある。経済学部教務によると、経済学部に限ったことではないだろうがここ数年も不正行為は決してないことはなく、レポートの形式不備によって不正となったものもあったという。

経済学部では04年度から竹澤祐丈准教授が「アカデミック・ライティング入門」という講義を1回生対象に開講しており、レポートの書き方の指導を行っていたが、指導内容の性質上少人数のクラスでしか開講できなかった。この講義は09年度からはなくなるが、竹澤教授は「経済学部が本格的にライティングを中心とした導入教育を開始するのは、非常に画期的で、個人的にも大変嬉しく思います。ただ、入門演習(1回生ゼミ)が扱おうとする二つの課題(コミュニケーション・スキルの学習と、経済学への誘い)をどのようにバランスさせるか、また、前者の課題を扱う際に、理論の部分と、実践のバランスをどのように取るのかなど、難しい問題もあります。しかし、良い意味で試行錯誤しながら、徐々に学部カリキュラム全体が、放任ではなく、本当の意味での「自学自習」を促すものに変わっていくきっかけになると思いますので、新入生のみなさんだけでなく、上回生も注視して欲しいと思います」と話す。

後半の背景には、多くの学生が経済学とは何かを知らずに入学してくることがある。経済学部は消極的な選択肢となっていることもあり、学生に経済学部を選んだ理由を聞くと「センターで現社が使えたから」「センター試験の成績が経済のボーダーに近かったから」などという答えも返ってくる。

新入試への対応

また1回生ゼミは、新入試制度への対応の意味もある。新入試制度は従来型の数学と論文試験のみの論文入試が廃止され、国語英語論文の論文型と国語英語理系数学の理系型となったもの。今までの論文入試の論文試験の難易度が高いため、数学とセンター試験で点を稼げば合格最低点に達してしまうことと、経済学では高い数学的知識が求められることが新入試の背景。旧論文入試に合格したある学生は「もともと工学部情報学科を目指していたが、センターで失敗したので、経済論文入試に切り替えた。やりたかったファイナンスは経済学部でもできるのでいい」という。今年度の一般、論文、理系入試の出願倍率はそれぞれ3.2、3.5、4.4。代々木ゼミナールのセンターリサーチによれば、理系入試志望者のセンター試験での平均得点率は82%程度で一般入試志願者とほぼ同じ、論文入試志望者は73%程度と低いがこれは2次選抜での配点がないことが一因と考えられる。

そしてゼミの後半で、論文、理系入試合格者にはそれぞれ一般入試合格者との才能別に対応したテキストが選ばれることになる。論文入試クラスでは、数学の補修的なテキストが選ばれる。文科系的な能力をさらに伸ばすということも考えられたが、それよりもむしろ、基本的なミクロ経済学やマクロ経済学でつまずくことがない最低限の経済学のための数学を身につけることを重要視した結果だという。理系入試クラスでは、逆に数理的思考をさらに伸ばしていくようなテキストが選ばれる。

手探りの中で

岩本教授は「新しい試みなので、手探りにはなるだろうがなんとか軌道にのせたい。レポートの書き方などの指導も学生のレベルを随時見ながら行っていかなくてはいけないし、我々教員も事前に話し合いは重ねているが、ゼミを進める中でも途中で集まって話し合い、フィードバックしていかなければならない。当然おわってからは事後点検をして、次年度につなげる必要がある。また1回生ゼミが終わった後も学生が履修や3・4回生ゼミの選択などの学習上の相談をぜひゼミの担当教員にしてもらいたい」と話した。

現行ゼミ制度の見直し

また、現在経済学部ではほとんどの学生が2回生からゼミに所属しているが、これについても見直される予定だ。そもそも2回生のゼミ参加は、3・4回生のゼミとは切り離した、少人数での基礎の学習を当初の意図としていた。だが実情は、ほとんどの学生が2回生のゼミを3回生でも継続し、またゼミ運営自体も2・3・4回生およびそれ以上の回生の合同で行われているところが多い。結局、3年間分のゼミの選択を1回生の後期という知識のつかない状態でしなくてはならないことになっていた。また教員側でも面接において、選考のための材料が殆どない状況であった。見直し後は、2回生でのゼミを開講する教員を半分程度にし、定員も現在の上限規制(10名)を弾力化した上で。3・4回生ゼミとは切り離した基礎教育を行う予定。

経済学部の自治会である経済学部同好会は「今の2回生ゼミがなくなるのは残念だが、1回生時から毎週教員と顔をあわせて、本格的な専門の勉強の下準備をしていけるのであれば、3・4回でより濃密なゼミ生活が送れてよいのではないか。しかしこれだけ大きな制度変更はめったにないことなので、適用される新入生が卒業していく際にはきっちり検証をしてほしいし、そうすると言った教科主任を信用している」と話した。同好会は、今まで2回生以上にゼミを通じて提供していた同好会が管理するコピーカードを、1回生ゼミにも提供するかについても前向きに検討するという。

今回の改革について教科主任の依田高典教授は「コース制・1回生ゼミ共に、キャップ制や必修のような強制的で上からおしつけるものでなく、学生の自学自習に根ざしたインセンティブシステムであり、これらの改革の成否は京都大学の自学自習の精神が世知辛い大学競争時代にも生き残れるのかという試金石になるだろう」と語った。

履修制限の強化も

今回の制度改革の中で、専門科目Iの16科目が専門科目IIに移行された。その結果、それらの科目は3回生以上しか受講できないことになった。これら16科目は元々専門IIであったものが05年度にⅠに移されたものだ。

05年7月8日の学部長と学生の団体交渉で、専門IIを精査し、2回生でも履修できるものがあれば専門Iに移すことが確認された。これは経済学部同好会が、履修モデルが十分に示されない状態での回生による科目履修制限の有効性への疑問や専門IIの中に2回生でも十分学べるものがあることを主張し、専門IIをIにできる限り移行すること及びシラバスの充実と履修モデルの提示を要求したことによるものだった。同好会の当時の基本的な姿勢は、履修の制限は不要かつ不当であり、ソフトな履修誘導(情報提供)によって学生が主体的な科目選択をするべきだというもの。

その後、2回の同好会からの申し入れを経て、12月27日に教科委員会と同好会との交渉が行われ、経済学部は13科目を専門Iへ移行することを提示した。

同好会は、さらなる移行を求め、学生に対して専門IIについてのアンケートを実施。この結果と要求を受けて学部側はさらに3科目の専門Iへの移行を決定し、合計16科目が専門Ⅰに移行されることとなった。

そして今年度の変更ではそれら16科目が専門IIにもどされることになった。依田教授は「専門IIは3回生以上が履修するべきもので、制限なく2回生が履修すると、本来やらなくてはならない基礎がおろそかになってしまう。その意味で16科目が専門Iとなっていたことは多くの学生にとって、闇雲に単位を取ればよいという誤ったメッセージを流してしまった。2回生には専門基礎科目を一通り習得してほしい」と話す。

しかしながら、専門IIの制限の是非は企業の採用活動の早期化、長期化とも関わっている。3年前の同好会の批判には、専門IIはすべて隔年開講であり、3回後期・4回前期の講義出席が難しくなることもありうる現在の企業の採用活動の状況では、場合によっては一部の履修の機会が奪われることになるではないかというものもあった。これに対して依田教授は「確かに検討の必要はある。だが履修の権利を奪っているわけではない。企業が学業を軽視し、採用活動が前倒しになっていることが根本的な問題だ。だが、今後就職活動が競争的になっていき、企業の大学指定制がなくなれば、学生も本当の実力を問われるようになる。また学部卒が最終学歴として通用しない状況が増えており、MBAなど院進学が求められるようになってきている。それらを考えると基礎学力の重要性は高まり、企業の採用活動も学歴重視から人物重視へ変わっていくだろう。大学時代に何を学んだかが問われる」と話した。

今回の移行について、同好会は特に異議を唱えることはしなかった。そのことについて同好会は「3年前には確かに反対したが、実際に弊害が多々見られるのであれば、試みとして良いと思う」との見解を示す。同好会は3年前の活動が否定された形となったが、一方でその要求の一つであった「情報提供〈履修モデルの提示など〉によるソフトな履修誘導」をコース制と1回生ゼミが叶えた形となった。



《本紙に写真掲載》

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