座談会「大学×防犯カメラ」 ―「非常のための措置」が、「当たり前」の光景になる前に考えるべきこと―(2009.02.16)

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日本中の至るところで治安対策のための防犯カメラが設置されている。ここ京都大学も例外ではなく、医学研究科の各棟や熊野寮など近年カメラを設置するところが出てきている。そこで本紙では、こうした潮流の背後にあるものは何なのか。また、大学という場が防犯カメラを設置する事について、考察する機会が必要なのではないかと考え、座談会を開催した。

参加して下さったのは、文学研究科博士課程で監視カメラを研究されている朝田佳尚氏(以下A)。本紙に熊野寮の防犯カメラについて寄稿した笠木丈氏(同K)。昨年11月に防犯カメラを6台から30台へと大幅に増設した理学研究科職員のS氏(匿名での参加を希望)の3名である。(魚)

社会のイメージと現実とのズレ


A:まず、一口にカメラと言っても、警察や事業者が付けるカメラと、一般の人が付けるカメラ、この2つを分ける必要がある。警察や事業者の防犯カメラというのは、比較的古くからある物で、60年代から70年代にかけて、最初は金融機関に、その次はコンビニだとか、チェーン店につけられるようになった。
 でも、住民などが屋外にカメラを設置するというのは、一部の例外はあるにしても、90年代以降の新しい動き。設置は防犯を名目とするのが普通だが、実は根拠がないことも多い。一つの具体的な例をあげると統計的な物がある。英国では防犯効果がほとんどないという研究がある。日本でも、監視カメラをつけた方が良いと思う人、悪いと思う人を調べた時に、つけた方が良いと思う人に一番影響していると考えられるのが、テレビの視聴時間だった。調査対象者が住んでいる都道府県の犯罪発生率とか、貧困の度合いといったものではなく。だから、カメラを街頭に設置する動きの背後にある「治安の悪化」のイメージには、マスメデイアの影響があるのかもしれない。

K:治安の悪化というのは、90年代よりもここ数年の言説だと思うが。

A:90年代から「キレる若者」という言説が出てきた。それまでの不良としては暴走族もいたが、郊外や幹線道路が活動の拠点。だが、この時期からチーマーだとか、スケボー軍団だとかが繁華街で問題になった。それから酒鬼薔薇事件とか、「動機の分からない犯罪」という言説が社会を覆うようになったのも、90年代から。
 私が調査の中で具体的な話を聞いていると、社会の言説と微妙なズレがある。例えば商店街で話を聞いてみると、何か殺人があったから設置するとかではなく、被害と言っても犬のオシッコが迷惑とかそれくらいのものだった、というのがよくある。
 そのくらいの理由でも、防犯という皆が妥協しやすい施策には、行政から地域に金が落ちて来る。警察からは「なにか防犯対策をした方が良い」との指導も来る。お金の流れと、人の流れもある。それを支える社会的な雰囲気もある。その中で誰も気にせず空気のようにカメラが導入されていく。

編集員:防犯カメラの映像が、犯人逮捕の決め手になったという話があります。

A:確かにそういう事件もある。でも防犯対策というのは一つすれば、必ず何かが引っかかるもの。ただ、防犯カメラは他の防犯対策と違う点があって、みんなの記憶に残る。例えば、不審者に襲われかけた人が防犯ベルを鳴らして助かったとする。この場合、その体験を他者は共有出来ない。でもカメラだと、その映像がテレビニュースに流れて記憶に残る。それで実効性は同じなのに、あたかも監視カメラには特別な効果があるというイメージが出来てしまう。

K:では、カメラの効果が無かった例もあると。

A:それは沢山ある。身近な例を挙げれば堀川の三条商店街。去年数十台の防犯カメラを設置したが、それを知ってか知らずか、設置当日にパチンコ屋に強盗が入った。犯人らしき人物がカメラに写っていたそうだが、未だ捕まったという話は無い。それから府内だと舞鶴の事件もカメラに写っていたが捕まらない。宇治の事件だと、現場でカメラを設置はしていたがそれを犯人に止められてしまった、というのもあった。こういう風に記憶と実際の間にはギャップがある。
 私たちが防犯カメラの映像で、最初に記憶に残っているのはグリコ森永事件だと思うのだが、これも「キツネ目の男」は捕まっていまない。
 ただ社会学を勉強する者としては、このように皆さんが防犯カメラに特別な意味があると思っているのと実態のギャップは面白い。

K:カメラの問題点というとプライバシーとの兼ね合いで議論されがち。でも本質的な論点は、おそらくそこにはない。たとえば、そのあたりをぶらぶら散歩するとする。当然その姿は通行人の眼に触れるわけだが、その際に「プライバシーを侵害された!」などと抗議したりはしない。誰かに見られて恥ずかしいわけでもないのだから。他方、散歩中であってもカメラの視線に曝されるのはやはり居心地が良くない。このようにプライバシーが焦点にならないパブリックな場所であっても、カメラの視線は問題になりうる。カメラをめぐる議論はプライバシー(私的)ではなく、むしろパブリック(公共的)なものを問うものであるべき。
 その上で重要なのは、パブリックなものをどう理解するか。「みんなの場所だから異物は排除」というパブリックか、「みんなの場所だからだれでも来ていい」というパブリックか。カメラ設置は前者のパブリックに近づいてしまう恐れがある。たとえ防犯目的でも、道行く人に例外なく「怪しい奴はいないか」という視線を向けてしまうのだから。
 また、ここ10年ほどで大学という空間が激変していることも重要。2004年の国立大学法人化が象徴的だが、それと前後して、グローバルに展開される市場原理の波が大学にも押し寄せてきている。大学がもはや利潤優先の「企業」になりつつあるわけだが、教育・研究を商品化するにあたって、空間にノイズが含まれていては都合が悪い。学生の自主的活動や学生自治など、経済効率的にはそういうノイズの最たるもので、当然排除の対象となる。京大もここ数年、ずいぶん小ぎれいで味気なくなってしまった。カメラの設置が大学構内の「浄化」を加速してしまわないか気に懸かる。カメラ導入を検討するとしても、こうした危険性が十分に踏まえられるべきだと思う。

(※1) 2008年5月に舞鶴市で高校1年生の女子が、朝来川の斜面で死亡しているのが見つかった事件。地域に設置されていた防犯カメラに、被害者と見られる女性と一緒に自転車を押して歩く男性の姿が写っていた。
(※2) 2005年12月に宇治市の塾でアルバイト講師の大学生が、生徒だった小学6年生女児を教室の中でメッタ刺しにして殺害した事件。

安易な導入には疑問が


S:確かに、防犯カメラに関して心配点は2つあると思う。一つは映像が無断で外の組織にわたる危険性。もう一つがそれで誤った情報が拡散してしまう危険性。それだから理学研究科では、教授会とか研究科全体でカメラに責任を持とうという事になった。幸い導入してからまだ何も起こっていないが、学生、その施設の管理責任者、研究科長みんなで映像の扱いをどうするか話し合おう、と約束した。本当に危ない事態だったというのが分かれば、大学当局にも連絡する。
 なぜこんなものを付けるのか、と言われる方もいるかもしれないが、決して管理ということなどでは無くて、開かれた大学、オープンな研究室というのを出来るだけ維持していくためと考えている。
 この間も研究室のパソコンが盗まれたが、学生ほかの個人情報が入っているので、教育者としての管理責任が問われることになった。それでもう少し何かをしなければ、との議論があった。

A:話を聞いていて、社会の状況と似ていると思った。まず自分の周囲でタイプもバラバラな細かい事件が連鎖して、どうも犯罪が多いというイメージを持つ。そして、それらを抽象的な「犯罪」と一緒くたにしてしまって、何とか「安全」を守らなければ、という意識が出来る。
 本来は、個々の事例に見合った、それぞれの対策があるのに、最初からカメラありきで話が進んでいる印象を受ける。犯罪が特定の場所で多発するような状況だと、カメラの設置にも妥当性はあるのだが、ただ理学部全体にポツポツと付けるというのは、犯罪対策としては非常によろしくない方法だ。
  
S:それでも安全性の確保は必要だ。2007年の12月に北部構内で女子学生が不審者に襲われかけた事件があった。これは許せない、と思った。大学には、大事な学生を守る義務がある。事件を抑止する方法は何があるだろう、と考えた。まず照明を増やして、警備員の夜間巡回も、頻繁にさせるようにした。他にも何かをしようと。それでカメラを大幅に増やす事にした。
 それから、理学部の校舎に不審者が侵入するということも、4月から6月までに相次いで3件起った。それで事務室に保管していたお金を盗られてしまうということもあった。学内を見れば、個人情報の入ったパソコンを盗まれる事件だとか、暴漢に襲われる事件も起きている。だから、其の時はただ非嘆に暮れるばかりで、とにかくこんな状況はいけない。何か対策をとらなければ、という感じ。実際10月にカメラを増設してからは事件は起きていない。

A:30台も付けて3件が0件というのには意味があるのかと言うと少し疑問符が付く。別の場所で何か大きな事件があり、それで理学研究科内で防犯対策を何かやらなければ、という雰囲気がある感じを受ける。女子学生の件も、実際に襲われたのは、校舎から離れた所で、現在の防犯カメラは抑止力たりえない。
 懸念材料としては、カメラを置いて一度ここは危ないかも、という事をすると、みんなそこは危ないんだ、という意識になってしまう。例えば警察が悪意からではなく、善意で地域の防犯マップを作るという事があるが、それを作るとかえって住民の方が、あそこはそんなに危ないのかと恐怖感を募らせてしまう。

S:あの時はみんな悲壮感に襲われている感じだった。もっと何か大変な事件が発生すれば厳しい状況になってしまう。そういった時に誰が責任を取るんだ、という事になるとやはりそれは大学。だから、何とかしようという事になった。丁度改修工事もあるという訳で、その際にカメラの設置もしてしまおうと決めた。

A:これはよくありがちな事なのだが、カメラは付けたけれど、それでも何かが起こってしまったから、また対策をやろうという話になるだろう。結局リスクというのはブラックホールで、幾らお金を投じても付きまとってくるもの。起きていないリスクに対して、ただでさえも減らされる一方の大学の予算をどれだけ投じるのかは、きちんと精査しなければいけないと思う。
 またいざ事件がカメラに写った時に、もう何度も続けて事件が起こって、カメラにそれが映った回数も増えていく。そうすると、段々こう運用面での、今おっしゃったような手続きが乱雑になる危険とがあるのではないか。

S:そういった時は、教室の主任、学生代表、研究科長、それから事務でということになるのだろうけれども。

A:そうすると、最初は教授会全体で問題点を共有する、との話でもやはり省略化されてしまう懸念はあるということか。例えば、毎週のようにそういった事件が起こって、その度に教授会を一々開くという事が出来るのだろうか。みんな欠席するようになるのでは、と思うが。

S:でもそんな仕事をしないんじゃないかと言われても、しなければならないというのが、私たちの職務。例えば、休日や深夜に私が門衛所から連絡を受けた回数は、今年度に入ってから数十回を超えている。その度にこれは研究科長、学生自治会、大学本部にも連絡、あるいは門衛所の方に指示を出したりしている。

A:まあSさんがいらっしゃるうちはいいのだろうけれども。

S:学生もそんな約束知らんわ、となるとそれは怖い。

大学自体がどうあるべきか


K:取り越し苦労と言われるかもしれないが、先に述べたような管理強化の進んだ大学では部外者に対する職員の態度がだんだん冷淡になっていくという。早稲田大学では、大学に批判的な活動をしているとある時期から「この学外者が!」と言われるようになったらしい(※3)。でも大学というのは、研究にせよサークルなどの活動にせよ、いろいろな人が出入りする場所だし、そうでないと生産的なことはできないだろう。大学が学外の人を「よそ者」扱いするようになってはならないと思う。

S:京都大学がそこまでいけばおしまいやで(笑)。

K:いや、僕もつい最近まではそう思っていた。だが、たとえば立命館や法政のように急速に管理強化された大学も、かつては一般に「リベラル」なイメージを持たれていた。それでもやはりおかしな方向に変わってしまったのは事実。「自由の学風」なるものを掲げる京大でもありうることだと思う。

A:現在の大学の状況とか、そういうものは、社会全体を映しているのかもしれない。

S:大学は、開かれた所でなければ、と思っている。一方ではグローバル化で、留学生30万人受け入れる、という話も出ており、多くの事項で教職員の対応が増えてきている。

A:大学全体として、どうありたいのかという問題なのだろう。ただ、そもそも「管理」という言葉の意味が違ってくるのかもしれない。グローバル化、と言いましたけれども、この時代状況の中では、僕ら一人一人が、何が起きているのかはよく分からないが、なぜか貧窮しているといったことを管理というのではないかと。

K:外部へと開く流動性がある一方で、管理の形態も変わってきている。鎖で縛るような管理ではなくて、ソフトで捉えどころのないものへと変容しつつある。グローバル化と並行して、管理のあり方も変わってきていると思う。街頭に溢れているカメラによる監視はその一形態。

A:学生側ともカメラの増設について、話し合いはしたという事だが、それだけではなくて、カメラそのものの、防犯対策そのものをどうしていくべきか、という話し合いはあったのか。

S:2004年の取り決めがあったので、それをもう一度確認するという感じだった。

A:もったいないな、というのが印象としてあって、これを機にもう一度、根本的な話が出来たらよかったのにと思う。今だと事務の作業量だけが増えてしまう状況。面倒くさい事だったりはするが、こういう対応が事件が発生後の対応とかに影響してこないのかは心配。

A:当事者を増やすということだろうか。疑っている訳ではないが、事務と教員が少数集まっただけでは、やはり、一方向のみを向いてしまいがちなのでは。沢山の人が集まる事で、それまでない、新しい道も見つかるかもしれない。「コワイ」みたいな言葉でまとめきらずに、多数の視点からどんな事件があり、どんな対策が必要か精査するのが大事ではないだろうか。今見ると事務の人に負担が集まり過ぎのような気がする。

S:だから掲示とかもしている。

K:カメラの導入の際に議論がもっとオープンにされていたらよかったかと。どんな議論がなされたのか知らなかった。また今でも理学部以外にはどこにカメラが設置されているのかわからない状態。(※4)

S:今日出たみたいな話し合いを全部聞いていたら、まとまらない気もするが。

K:カメラ=絶対反対とかではなくてね。ただ、やむ終えなく付けるとすれば,そういう時に大学のあり方とも天秤にかける必要はある。

S:まあ、防犯カメラでなくてもよかったかもしれない、というのもある。ただ盗難の状況が変わればなあ、と。何はともあれ、これが使われない事を祈ります。

A・K:そうですね。

(※3)一例として、2005年に早稲田大学で起こったビラ撒きへの弾圧事件が挙げられる。詳細はウェブサイトを参照。http://waseda080401.web.fc2.com/この際、容疑が「建造物侵入」であり実質的に大学の公共性が否定されていることは見過ごされてはならない。
(※4)京大新聞の調査では、理学研究科の他に、医学研究科、工学部物理系校舎、総合研究一号館、稲盛財団記念館、熊野寮で防犯カメラの設置が確認されている。

《本紙に写真掲載》

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