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東北アジア共同体は見えているか GCОEで姜尚中氏講演

2009.01.19

高度近代化がもたらしたアジアの私生活の変容を分析する、新しい学問分野の開拓と人材の養成を目指すGCОEプログラム「親密圏と公共圏の再編成をめざすアジア拠点」(拠点長:落合恵美子・文学研究科教授)は12月17日、姜尚中・東大情報学環教授を招き、公開講演会を開いた。演題は「グローバリゼーションと新しいコモンウェルス」。姜氏は、GCОEの目玉である「アジア版エラスムス・パイロット計画」について、持論である「東北アジア共同体をいかにつくるか」という視点から、その可能性と課題を論じた。

東北アジアの政治的安定を強調

姜氏は、ドイツ留学時代に東ドイツに入国できなかった経験に触れながら、東北アジアの安定、ひいては東北アジア共同体の実現のためには、朝鮮民主主義人民共和国との国交正常化が重要だとした。そのプロセスとしての六カ国協議では、アメリカの役割が重要だと話した。会場から「東アジアの経済交流については」と問われると、北九州で行われている韓国や中国との地域的な経済交流を実例として挙げ、国ではなく地域が主体となった交流の可能性を示した。

講演の軸となったのは、GCОEの「アジア版エラスムス・パイロット計画」。これは、海外パートナー拠点との間で学生・教員の相互受け入れをし、国際的な共同研究の促進とグローバルに活躍する人材の育成を目指す。現在は試行段階なので、「パイロット」がつく。「アジア版」とつくのは、エラスムス計画が、ヨーロッパで1987年から始まった共同教育プログラムであるため。EC内の経済力の強化と結合の促進を目標に、加盟国間の学生や研究者を相互に受け入れた。その後1995年には、より拡大した教育プログラムであるソクラテス計画に移行した。

姜氏は、このGCОEの計画が最終的に成功するためには、東北アジアの政治的安定が必要だと指摘。持論である東北アジア共同体論に結びつける形で期待をかけた。

大きなプログラムはないのか、あるのか

EUは経済統合、通貨統合、政治統合の過程をたどり成立したが、そのなかで人の自由移動が重要であったことはよく知られている。エラスムス計画は、たんに人材の養成を目的としただけではなく、ECの競争力を向上させ、EC(EU)市民という意識を育てることも目的だった。つまり、EU成立プログラムのなかにあった。

このGCОEの目的は、あくまで共同研究の促進と幅広く活躍する人材育成であるし、プロジェクトの射程も「アジア」拠点であり「東北アジア」ではない。その点では、姜氏の講演は一つの参照点にすぎないだろう。ただ、姜氏の視点に立ってみたとき、日本の社会科学の新たな動きを照らしだしているようで、興味ぶかく感じられた。(ち)