〈生協ベストセラー〉 佐伯啓思著『自由と民主主義をもうやめる』(2009.01.16)

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昨今の日本の迷走の原因を、アメリカ(以下米)とその核となる思想である自由・民主主義への安易な追従に求め、その克服のために日本古来の思想を想起し、自国の育んできた価値を大事にするという本当の意味での「保守の精神」が重要であるという明快な主張を展開する。

まず、冷戦下での左翼=社会主義志向VS保守=資本主義志向という分かりやすい構図が世界的な社会主義体制の崩壊によって崩れ、現代日本においては左翼が体制擁護の側にまわり、むしろ保守が現状の改革を訴えるという一見奇妙なねじれの状態となっていることを指摘。その原因を説明するために両思想を、左翼は人間の理性の万能を信じており、保守は人間の理性には限界があると考える、と簡単に定義づける。この定義にたてば米は本質的に進歩主義的国家であるはずだが、冷戦後の主な保守派(いわゆる親米保守)は冷戦下での対立構造から抜けきれずに、安易に米主導のネオリベラリズム的改革へ追従してきたし、一方で左翼思想は社会主義という理想の崩壊により、米に影響を多分にうけてきた戦後日本の追認というかたちで結果的に体制派へ組み込まれたという図式を描く。この両者に関して著者は批判的であり、そのうえで自国の伝統のうえにたってニヒリズムによる文明の崩壊を阻止するという本来の保守の課題を見つめなおすべきだと論じる。

続いて欧・米間での保守思想の相違について、建国者たちが自由・平等という理想を掲げていた以上、米の保守思想は欧から見れば進歩・左翼的なものであるとする。対して欧の保守思想はその土台にどっしりとした伝統を据えており、自由・平等といった思想を絶対視しないという。そのうえで著者は米的保守に傾いてしまった日本の保守思想を断じ、まずは精神の空洞化ともいえる価値観の崩壊を招いてしまった日本の「戦後」の見直しからはじめるべきという見方を示す。

さらに、成熟した米文明の抱えるニヒリズム的傾向を指摘。自由・民主主義を普遍的なものと信じて疑わない米が、冷戦後、特に9・11という西欧的価値観への衝撃的な攻撃という場面に至って、なんの価値を信じていいか分からないニヒリズムに陥ってしまったとし、そのような状況に陥った米的価値観に追従するのはもうやめ、日本的価値観を掲げるしかない、と主張。そして京都学派の思想などをひきつつ「悉有仏性」「無常」などを日本精神として挙げ、最後の章では、愛国心、東京裁判、戦後、太平洋戦争、憲法など政治的に意見の分かれがちなテーマについて、概念の厳密な定義から独自の論点を提示し、引き続き日本古来の価値観への回帰を主張、最後には万葉集の和歌をひくにまで至って、論をおえる。

その考察には確かに見識の深さを感じずにはいられないが、批判を加えるとすれば、文化というものの独自性を主張するあまり、文化圏内部での多様性や、文化間での共通性や交流をかえりみない傾向がしばしばみられることであろう。

そもそも、働くことが「道」を極めることであるといった労働感や滅びの美学を「日本の精神」としていっしょくたにしていることに違和感をおぼえる。多くの人々はそんなことは考えもせず生活を営んでいたいたのでは。

また第2章では、米の建国精神を自由・平等・民主主義であるとしているが、まず合衆国憲法には無条件での平等という概念はないし、建国時の政府にいた者たちはほとんどが著者のいうところの欧的保守の流れをくむ者たちであって、デモクラシーへの不信も強かったはずだ。建国の精神が英などの保守とは対極にあったというのはいいすぎであろう。建国時の中心思想となったキリスト教的思想、勤勉・正直・隣人愛といったものは、むしろ著者が日本独自の精神としているものに近い。

さらに第3章の9・11にまつわる記述では、テロが米、ひいては西欧的価値観への命をかけた宣戦布告であり、「イスラム」の思想・価値観が米的価値観に攻撃をくわえたのだとし、さらには「イスラム国家に対して自由や民主主義や市場経済を唱えてもうまくいくはずがない」とまで言い切っている。まずテロ行為を安易にイスラムの思想と結びつけるのは危険だし、それに著者が度々訴えている、「自由・民主主義で何を実現したいかが重要であってその価値観自体が普遍的に重要であるわけではない」との主張はもっともだが、だからといってその価値観が米文明特有のもので他の地域に根付かないとの議論は、イスラム社会の中での自由・民主主義を求めるうごきを黙殺するという意味でも危ういものだろう。

とはいえ全般にわたって様々なテーマがちりばめられているし、民主主義の危険性の指摘はもっとも。大学入学にあたって、教科書的理解から一歩踏み出そうとするならば、参考となる一冊ではある。(義)

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