〈新刊紹介〉 ピエール・バイヤール著『読んでいない本について堂々と語る方法』(2008.12.16)

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この本を見つけたとき、随分と救われた気がした。書店を歩けば『バカにならない読書術』(養老 孟司: 池田 清彦:吉岡 忍)だとか『なぜ日本人は学ばなくなったのか』(齋藤孝)だとか読書を啓発するようなタイトルが並んでいる。当然、〈本を読まないやつはバカであること〉を前提としたものだろう。こういう本を見かけると、私のような本を読まない現代っ子大学生は脅迫観念に駆られ、その本を含めて数冊買い込んだりしてしまうのだが、当然ながらそのような人間がすべて読みきれるわけがない。

本書は読書の諸段階(本書ではあくまで未読の諸段階だが)、どのような状況で語るか、そしてその心がまえの3部構成。それぞれは4章から成り、1章につき1つの読書にかかわる本(もしくは映画)を取り上げ、本、読書とは何なのか、そしていかに本について語るかを明らかにしていく。

本を読んでいなければ教養人とは言えないし、読む際は一字一句をきっちり読まなくてはならない。そのような書物の神聖性は深く社会に根付いており、本について問われた際に私たちは時に嘘をついたり、うやむやな返事をしたりしてしまう。そのような中、本書の主張はラディカルだ。バイヤールは本というものは読んでいなくても語れるし、それどころか読まない方がよいとすら言う。

しかしながら、本書でバイヤールは意味もなく読書の神聖性をぶち壊すのではない。むしろそこから読まずに本を語る創造的読書を提唱する。読書というものは自分自身の創造的活動のためにあるのであり、読まずに本を語るという行為は、その本の内容にとらわれることなく自分の中からの自由な創造行為であると言えるのだ。

本書を読めば、私のような本を読まない人間も大学で堂々と生きていけるだろう。いやそれどころではない。バイヤールによれば、「本を読んだ」という概念は極めて曖昧で、書店で本を見た瞬間、友人の口からタイトルを聞いたその瞬間からある意味では読書は始まっていると言えるのだ。当然このような拙い書評を読んだだけでも読書は始まっており、十分にこの本を語っていいだろう。この本を語れるということは、全ての本について読まずに語れるようなものである。もしかすると、もはやこの本は読まなくてもいいのかもしれない。

ところで本書を書評するにあたって、最初は読まずに書いてやろうと思っていた。この本においてはそれが最も適切な態度に思えたからだ。しかし、とりあえず購入して帯に書かれた目次をみているとついつい開きたくなってしまい、結局そのまま一読してしまった。拙い書評になってしまったのは、きっとその弊害に違いない。(棚)

《本紙に写真掲載》

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