伊谷原一 野生動物研究センター長 「教科書なき野生動物研究への招待」(2008.11.16)

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野生動物に関する教育研究を行い、地域社会の調和ある共存に貢献することを目的とした京都大学野生動物研究センターが、今年4月に設立された。同センター主催の全学共通科目「野生動物研究のすすめI・II(それぞれ前期・後期の金曜5限目)」が今年度から始まり、今年7月には初めての大学院入試が行われるなど、本格的な活動に向けて着々と準備が整いつつある。今回、そんな野生動物研究センター設立までの流れとその展望について、センター長の伊谷原一教授に話を聞いた。

きっかけは尾池前総長

―まず、野生動物研究センターを設立する発端となったのが、尾池前総長の何気ない一言だったというのは事実ですか。

そうですね。私が直接聞いたわけではないですが、前総長が2年ほど前に「京都大学には植物園も水族館も博物館もあるよね。じゃあなんで動物園はないの」と雑談めいた口調で話していたそうです。おそらく総長に他意はなくて、純粋な疑問として話されたんだと思います。総長はこの話を色々なところでしていたみたいなんですが、みんな冗談だと思って真剣に考えなかった。総長は結構冗談を言うことが多かったので、ああまたいつものだろうと。でも霊長類研究所所長の松沢さんは違った。発言を真剣に受け止めて、なんとかしなきゃと思ったみたいです。

その当時私は京都大学にはいなかったのですが、松沢さんとは一緒に仕事をする機会も多かったので、総長とまったく同じ質問を電話でされたんですね。でも、「そんなこと俺に聞かれてもわかりません。別に私は京都大学の人間じゃありませんから」と答えたんです。しかしまあ、何か方法を考えたいということだったので、松沢さんと私と、理学研究科の山極寿一さんと東南アジア研究所の松林公蔵さんとで、いろいろ話し合いを始めたんです。

そのうち徐々に具体化してきて、京都大学が動物園を持つことは無理でしょうという結論になったんです。動物園というのは単に動物を集めてくればいいというわけではなくて、その動物に適した施設を作らないといけない。土地もお金もいるし、当然動物を飼育する人もいるし、それに商売とは言わないまでも、一般の方を受け入れる以上サービスも必要になってくる。これらを総合的に考えると、やはり現実的ではない、と。屋久島などの自然のフィールドを利用した自然の動物園というのもひとつの方法として挙げられていたのですが、それだと種が限定されてしまうし、あまりおもしろいものにはならないだろうということになりました。

盲点だったのは、京都にも動物園があるということです。一般では飼えないような動物も飼育しているし、絶滅危惧種と言われる動物だって動物園に行けばいるわけです。ならば、今ある動物園と連携する、つまり動物の生態や行動などについて京都大学が情報提供をしたり、指導したりする。その一方で、動物園内の種を対象にした研究を進める。そうすれば、普段接触できない動物の研究が進み、なおかつその研究成果が一般のお客さんへの情報提供という形で生かされる。このようなコンセプトで京都市と名古屋市に話をしたんです。この二つの市を選んだ理由として、まず京都市の京都市動物園は珍しく町中にある動物園で、京都大学からもアクセスしやすい。日本では2番目に古い動物園という、歴史と伝統がある点も魅力のひとつです。名古屋市の東山動物園を選んだのは、やはり犬山市にある霊長類研究所に近いからというのが大きな理由です。さらに、現在野生動物研究センターにいる幸島司郎教授や村山美穂教授が、それぞれ東工大、岐阜大にいたときから個人的に東山動物園で研究していたという経緯もありました。そして、動物園との連携の窓口を一つの柱として、野生動物研究センターが発足したんです。

2年前に総長が話をされてから、1年後の11月には野生動物研究センター設置準備委員会が立ち上がり、その5ヶ月後にはセンターができたわけですから、驚くべき早さだと思います。私は民間の研究所にいたのですが、国立大学でもやればできるんだな、と思って。民間というのは社会経済の状況に左右されますが、自由度が高いので大学よりも動きは早いです。大学は手続きなどがいろいろと面倒臭かったりするのですが、民間はそれらを全部すっとばして、例えばトップダウンならすぐその方向に走っちゃいますから。

―ここまで早くセンターが設立された理由として、どういったことが挙げられますか。

考えられるのは、野生動物研究センターのバックグラウンドが、京大の伝統的な霊長類のフィールドワークや探検にあるからだと思います。というのも今年は日本の霊長類学が始まって60年目、そして京大の西堀栄三郎さんが南極観測隊を率いて越冬したのが今から50年前です。京都大学学士山岳会の桑原武夫さんが隊長としてヒマラヤのチョゴリザに初登頂したのが50年前。さらに今西錦司さんが50年前にゴリラの調査のためアフリカへ出発しています。つまり2008年というのは節目の年にあたるわけで、みんなそれに合わせてセンターをスタートさせたかったんだと思います。

もうひとつの理由として、京大の霊長類研究で培われたノウハウを生かして、もっと他の野生動物にも目を向けようという動きがあったからだと思います。京都大学の理学部では、ホヤやショウジョウバエなどの生物を対象にしたゲノム研究が有名ですが、サイやキリンやカバなどの大型動物の研究は、京都大学に限らず進んでないんです。例えば「サイの研究者だれ?」って聞かれても名前がぱっと出てこないんですよ。ゴリラだったら山極寿一って出てくるし、チンパンジーだったら西田利貞、松沢哲郎とすぐに出てくる。でも他の動物ではそうはいかない。逆に考えればその研究分野は盲点になっているわけで、ならば野生動物研究センターではあらゆる生きものを研究対象にできるようにしようと。名目上は絶滅危惧種または大型哺乳類となっていますが、どんな生物種でも研究できるようなセンターを目指しています。

―センター設立の際、研究費はどこから得られたのでしょうか。

無いです。困っているのでなんとかして欲しい。みんなでこれからバイトでも始めようかと冗談で言っていたところです。いや、それは当然センターができたわけだから、教員には教育・研究費として大学からお金はもらえます。微々たるものですが。あとは学内経費を申請するとか、文部科学省の科学研究費を取ってくるとかですね。共同研究をしている先生と申請して、自分の分を使わせてもらうという方法もあります。それでまあ、この2008年度はなんとか食いつないでいけそうだ、という感じです。あと、うちではまだやっていませんが、寄附が考えられますね。国立大学が独立法人化したので、民間からの寄付を受けやすくなりました。個人としても、他の研究所との兼任ができるようになりました。本務校の給与よりも安ければ多少お金ももらってよいと。そういう意味では、法人化によって研究者の自由度が増したと言えるでしょうね。

まだスタートして半年なので大金を得るというのは難しい。ですから少ないお金で成果を出すことでしょうね。成果を出せば社会的な評価も上がってくるし、社会的な要求が高まってくれば大学も企業もお金をつけてくれるから。集まってきた教授、准教授、助教は、まだ自分でお金をとってくるという経験がないわけですから、苦労するでしょうね。でも、苦労しないと自分の居場所を好きになれないじゃないですか。自信も持てないし。みんな初代なんだから、自分たちで作り上げるという意識を持って欲しい。いい勉強になると思いますので。

他の伝統ある研究科とお金をもらう方法は同じですが、例えば申請ひとつするにしても、海の物とも山の物ともわからない研究室と伝統ある研究室だったら、やはり伝統のあるところが強いです。その点で1年目は大変です。ここ3年から5年が、生き残れるかどうかの分かれ目でしょうね。

大学院教育の場としての野生動物研究センター

―野生動物研究センターにとって初めての院入試が今年7月に行われましたが、何人の学生が合格したのでしょうか。

事前に何人採用するかは決めていませんでした。教授が3人、准教授が4人いるので、最大8人くらい合格者を出せるかなと考えていました。初年度なので多めに取ろうとも思っていたのですが、21人志願してくれて、最終的には5人を合格にしました。

―その判断基準はどのようなものだったのでしょうか。

教授と准教授を合わせた7人の教員が、世間話も交えながら、とにかく様々な内容の話をしました。まず、志望理由がはっきりしているかどうかを見るため、その人がどういう視点で何を研究したいのか、詳しく話を聞きました。「なんとなくここを選んだ」では絶対に研究はやっていけないので。さらに、野生動物の研究に対してどういった意識を持っているのか、どういった視野の広がりを持っているのかについても聞きましたし、話をする中で、素質というか、モチベーションというか、学生の印象も同時に見ました。

もちろん試験の成績も大事です。これから外国で研究をする機会も出てくるので、外国語の能力は必要です。英語でもフランス語でも、語学というのは研究を進める上での一つの手段ですが、地元の人と交流するにしても、研究者同士で話すにしても、外国語はできなくちゃいけない。読む方もしゃべる方もです。

―素質とはどういったものでしょうか。具体的に教えていただけますか。

難しいです。私自身、人を見る目がないなあと時々思いますから。でもね、センスってあると思うんですよ。大学院の学生さんは研究者になるための途上にあるわけだから、そのセンスを磨く段階にいると言えます。一方、研究を生業とする人は自分の労働に対して給料を受け取る。そうすると、雇う側からみればセンスのないやつを採用しちゃうとお金がもったいない。例えば、岡山の林原類人猿研究センター(民間の研究機関)などでチンパンジーとの接し方を見てればわかるんだけど、センスのある人というのは先輩の研究者がどう動いて何をしているのかよく見ていて、敏感に察知するんです。センスのない人っていうのはぼーっとしている。「俺がこの作業をしてるんだから、こっちに立つな」と言われなくちゃわからない。これは飼育下のチンパンジーと接する場合ですから、全てに当てはまるとは言えないですがね。多少ぼーっとしていても、しんどさを乗り切っていく体力と気力が重要になるかもしれませんし。

―霊長類研究所とは違って研究対象となる生物が多くなる分、院生の指導が難しくなると思います。どういった方法で大学院教育が行われるのでしょうか。

例えば東邦大学でアホウドリの研究をしている長谷川博さんに、うちの兼任教授になっていただきました。もしアホウドリの研究をしたいという学生がいたら、長谷川さんに「うちの学生にアホウドリの研究をしたい人がいるんだけど、調査に連れて行ってあげてくれる?」と頼めます。私の研究室に来たからといって私の指示通りにする必要はないし、指示するつもりもない。私が全く知らない、新しい領域を開拓してくれた方が、指導していても楽しいし、やりがいもある。自分がどんな動物に興味を持っていて、どんな研究をしようとしているのかがはっきりしているなら、協力は惜しまないつもりです。学生さんよりはわれわれ教員の方が顔は効きますから、いろんな道は見つけてあげますよ、という姿勢です。正式に連携しているのは京都市動物園と名古屋市東山動物園だけですが、それ以外にも連携協議員の中には鴨川シーワルド水族館の館長さんや名古屋港水族館の館長さん、東大、阪大、九大、早稲田、日大、京都府立大、京大の他の部局の先生方もいらっしゃいます。私が所長を兼任している林原類人猿研究センターは日本動物園水族館協会に加入していますので、国内の動物園や水族館に関してはネットワークを持っていると考えていただいてよいと思います。

今まで霊長類研究所の管轄だった幸島観察所や屋久島観察所は、サル以外の野生動物も研究できるようにするという目的で、野生動物研究センターに移管されました。国内だけでなく、例えば私ならコンゴ民主共和国の熱帯林やタンザニアの乾燥疎開林にフィールドを持っているし、他のアフリカ諸国や東南アジアでフィールド研究している教員もいます。幸島司郎教授などは、チリなど南米やアラスカ、南極でも調査をしています。つまりもう世界中のあらゆる野生動物が生息するフィールドで、なおかつ対象は陸・海・空すべてで研究ができますよ、というわけです。

フィールドとラボの融合

―野生動物研究センターは他の研究室とどういった差異化がなされているのですか。

野生動物を研究する研究室は他にもあります。でもそれは日本の三大哺乳類であるクマ・シカ・サルが中心です。特に最近ではシカやサルなどが樹木や農作物を荒らす被害が多く出ているので、内容としては農作物を荒らされないようにするとか、異常に繁殖している原因を突き止めるといった研究に追われている状態です。

野生動物研究センターでは、基本的には絶滅危惧種の保全研究に目を向けています。野生動物たちがどういう生態を持っていて、どういう環境でどういう行動をしているのかを純粋に見つめることで、どういう条件を整えれば保全できるのかを考えることができるのです。また、野生で見てきてわからないことがあれば動物園でもっと身近に確認することができるし、逆に動物園で理解できない行動が見られれば、それが野生で普通の行動なのかを検証することもできる。つまりフィールドとラボの融合というのが、大きな特徴のひとつに挙げられると思います。

例えばうちの村山美穂教授がしているような、分子生物学的な手法を用いた研究も、広い意味でフィールドとラボとの融合と言えるかもしれません。彼女は犬を研究対象にして、性格遺伝子を分類しようとしています。例えばこの犬はおとなしい性格だから盲導犬に適しているとか、気が強いから警察犬向きだとか。また、家畜やペットだけでなく、野生動物も研究対象になります。フィールドで採取してきたDNAを、実験室で解析するわけです。犬の仲間であるオオカミを対象にすれば、犬とオオカミを比較することも可能になるでしょう。こういった性格や行動などのマクロな現象を、遺伝学のようなミクロな視点から解明しようとしています。

―センター憲章にあるような『人間とそれ以外の生命の共生』を実現するために、どういった方法が考えられるのでしょうか。

それにはいろいろなレベルがあります。現地政府に働きかけて保護区や国立公園を設けてもらう場合もありますし、もしくは現地に我々が滞在することで野生動物を守る方法もあります。現地の人に研究しているところを見せて、お手伝いをしてもらうんですね。するとそこに雇用が生まれる。現地の人にとったら、この動物がいるからこそ仕事ができるわけだから、じゃあ研究対象になっている生きものを守ろうという意識につながるわけです。加えて、数十年も同じ場所で研究をしていれば地域住民との関係も強くなってきます。そこで地域住民からの要望に応えて学校を整備したり、ノートやボールペンを日本から持ち込んだりといったことも、研究活動の延長線上で行われてきました。現在は外務省やJICAや大使館などに働きかけたり、寄付を募ったりして資金を得て、現地に診療所を造る計画が進行中です。そうすることでさらに雇用が生まれ、日本人が訪れるメリットがより明確になります。結果として、研究対象になっている生きものを地域社会と共存しながら守っていく、という構図が出来上がるわけです。さきほど政府に働きかけてと言いましたが、専門家でない人たちにあれこれ難しい用語を使って説明しても、研究の重要性をなかなかわかってもらえません。そこで、研究成果をわかりやすく伝えるために、映像を利用しようと考えています。やはりビジュアル的に訴えるものというのはわかりやすいです。野生動物研究センターでは、そういった需要から、映像ディレクターが本職の中村美穂さんを客員准教授として雇っています。我々の撮った映像を編集してもらったり、技術を伝授してもらったり、また現地でカメラを回してもらったりしています。

―ありがとうございました。

《本紙に写真掲載》


いだに・げんいち
京都大学野生動物研究センター長・教授。京都大学理学博士。野生ボノボや野生チンパンジーの生態・行動・社会学的研究、飼育下類人猿の環境エンリッチメントや行動学的研究、アフリカ類人猿の保全活動などに携わる。

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