映画評 『放送禁止・劇場版』 テレビはウソへと回帰する(2008.11.01)

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2003年からフジテレビの深夜枠で年1回放送され、カルト的人気を得た「放送禁止」シリーズの劇場版。

テレビシリーズでは、冒頭で「事実を積み重ねることが必ずしも真実に結びつくとは限らない」との文句が流れる。ZERO(日テレ)やJNN(TBS)で放送されるような15分モノのドキュメンタリーを装いながら、実はフィクションという代物。こういうのをフェイクドキュメンタリーというらしい。この言葉を知ったのは、NHKの「プロフェッショナル・仕事の流儀」で同じくフェイクドキュメンタリーの『怒らせ方』シリーズの監督を紹介していたのを見たからだが。

衒学趣味の監督のマニア向けの作品ともとれそうだが、ウケたわけは他にもある。毎回、映像に巧妙な仕掛けがなされ、カメラが写しだすドキュメントとは全く異なる物語が仕込まれている。放送の最後に「あなたには真実が見えましたか」との問いかけが流れるが、真実の物語は明らかでない。

視聴者は、単にフェイクをフェイクとして「これあるある」といって楽しむだけでなく、その裏にある真実を読み込まなければならない。フツウの番組より二段階くらい積極的な鑑賞態度が要求される、実にシンドイ番組なのだ。真実が見えなかった人は、ネット上にある謎解き・考察サイトを見てみるといい。

とにかく凝っている。「テレビ局には何らかの事情で放送禁止にされた膨大なテープがあるという」との始まり。このいかにも都市伝説的な(実際にあるんだろうけど)導入は、マスメディアが隠すものにこそ真実があるに違いない、という私たちの想像を刺激する。フェイクドキュメンタリーと宣言することで、テレビという形式自体を俎上に載せることに成功しているのだ。

じっさい、一度フェイクと聞かされると、画面に映るものすべてが疑わしくなってくる。テレビのドキュメンタリーにありがちな統計データのグラフや、「○○に詳しい■△大学の×●教授」のコメントの切り貼りですら(実在であることが後に示されるが)、実在のものかどうか混乱してくる。それらがもっともらしいことは分かる。だが、それが嘘だとか、実在していないとかいうことを確かめるのはかなり難しい。

確かめようがないことの、かなり多くの部分を、私たちは丸投げしていることに気づく。そもそも、この映像をフェイクとして観る態度じたい、監督の宣言によってなりたっているのだから。

フェイクドキュメンタリーが新しいジャンルの映像かといえば、そうではない。よく知られているものでは、「川口浩探検隊」(テレ朝)がある。アマゾンの奥地に向かった川口浩に、蛇やら蜘蛛やら沼やら執拗に災難が降りかかるというアレだが、そのほとんどヤラセだったのは有名な話だ。

テレビのおもしろさには、構成のおもしろさと要素のおもしろさがある。テレビの拡大期にはこの二つが手を携えて進んでいたのだが、ある頃からピン芸人やトーク番組など要素や個のおもしろさが構成のおもしろさを駆逐した。それが末期になったところで、フェイクという構成のおもしろさが再発見された。そんな図も描けると思う。いたるところでバッシングは受けているし、広告収入も凋落傾向にあるのだけれど、なんだかんだでテレビはこれからおもしろくなるのだ。

さて、残り僅かな字数で、肝心の映画紹介をしなくてはならない。ネタばれをしてはいけないので、これは難しい。よくある、ヒットしたから劇場版というわけではないらしい。どうやら今回はテレビの形式ではなく、ドキュメンタリー映画の形式を問題にしようとしているようなのだ。   (ち)

《本紙に写真掲載》

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