新刊紹介 W・G・ゼーバルト著 鈴木仁子訳『空襲と文学』(2008.11.01)

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ファンの一人として首を長くして待っていたゼーバルト作品の新しく出た翻訳は、「戦争」「破壊」といった文学上のテーマに関する評論集である。

著者は冒頭、第二次大戦でドイツが多大な破壊の被害にあったのにもかかわらず、その破壊を受けた体験が十分に記録されていない、との問題提起を行っている。もちろん、それに関する記録、証言や文学というものはあるわけだが、著者はそれらの多くが、心の動揺をさそわない無害な内容であることに、戦後ドイツが抑圧してきたものを見ているのだ。

さて、この本の本領はこれからである、と言ってもいいだろう。というのも、ここから様々な資料をもとにドイツの受けた破壊について語られていく。引用、参照、写真などが織り交ぜられ、評論でありながら、ゼーバルトの他の散文作品の印象と近いものを感じる。本文中に、書かれなかった「破壊の博物誌」のエピソードが出てくるが、それを著者がを代わりに書いているかのように文章は続いていく。それは断片的なものの詰め合わせだが、強烈なリアリティを放っている。

このリアリティこそ、読んでいてはっとするものだ。例えば、ゼーバルトはこれまであまり記述されてこなかったものの例として、死体にたかる寄生生物を挙げる。そして、その数少ない記述としてノサックの文章を挙げ、そこから次のように書いていく。

「死の地帯の防空壕に転がっている死体にたどりつくためには、火炎放射器を使わなければならなかった。それほどに蠅が音を立てて群れ飛び、地下室は階段といい床といい、ぬるぬるした指ほどの長さの蛆にびっしりと覆われていたのである」

これだけでもはっとする。戦争で破壊された街の写真を見ても、このような場面を想像したことはなかった。

そのほかにも、死んだ子どもをトランクにつめていた女性、空襲があったにもかかわらずその日の上映に間に合わせようとスコップで瓦礫をかたづけ始める映画館員、ドイツ人の履いていたつぎはぎの履き物。ドイツにいたイギリスの新聞記者からの引用として、こんなことも書かれている。

「あまりに無気力にふらふらと歩いているので、車に乗っているとあやうく轢きそうになる」。

こうして挙げていくときりがないが、破壊の傷跡をしめす描写として十分すぎるくらいだ。

この評論のほか、3つの作家論が収められている。いずれも「戦争」や「破壊」について書いている作家たちだ。こちらも迫力がある。(ピン)

《本紙に写真掲載》

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