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学生に語る議論の大切さ 益川敏英名誉教授 京大で講演

2008.10.23

10月7日発表されたノーベル物理学賞には、南部陽一郎・米シカゴ大名誉教授、小林誠・高エネルギー加速器研究機構名誉教授、益川敏英・京都産業大学理学部教授の3人の名前があがった。3人を受賞に導いた発見は素粒子理論の分野で、小林・益川両教授は京都大学助手時代の研究「小林・益川理論」が評価を受けている。京都大学名誉教授でもある益川氏は受賞から一夜明けた8日、京大の記念講演会に姿を見せ、学生に向けてメッセージを発した。(5面に関連記事)

8日、京大で記者会見を行った益川氏は、理学研究科の準備した記念講演会に臨んだ。講演会は全学共通機構の全体メールで告知され、千人を超える学生が集合。大教室があふれ、会場が熱気に包まれた。益川氏は学生時代に多くの議論をする必要性を強調。講演会冒頭でも益川氏を紹介する理学部教授に対し、「先生と言うな」と注意するなど、研究の世界における自由な議論には対等な立場の確保が必要であることを説いた。議論で戦わせたエネルギーを活力にして勉強をし、夜を徹して議論をした仲間は生涯の友人になる、という話からは、益川氏の学んだ時代と環境も垣間見える。さらに、語学の話題では、ユーモアあふれる独特の「益川節」で学生時代を紹介し、聴衆の笑いをさそった。益川氏は大学院入試で英語が零点であったという逸話があり、学部の授業でも試験の際に訳を暗記して丸写ししたら一行多くて怒られたというエピソードなども語った。

講演会後半では、学生からの質問に回答。文系理系の垣根を越えた質問は、物性専攻の修士学生からの熱意のこもったメッセージから恋愛相談まで多岐を極めた。経済学部4回生からの「創造的であるにはどうすればいいのか」という質問には、銅鉄主義、高眼手低などのタームを独特の解釈で読み変えて紹介し、高い目標を抱きながら地道な作業を重んじる、という研究のあり方を示した。このような姿勢は、研究とそれを維持するための社会的活動を両立できないといっぱしの研究者とは言えない、という自己の矜持にも通底しており、助手時代に職員組合の活動に打ち込んでいたエピソードを語った。一方で、アインシュタインが20代で業績を成し遂げた歴史を引いて、若者が既存の学問の枠組みを作り直す役割も強調した。

益川氏は講演会の最後に「構造のある知識」への好奇心について語った。寄せ集め的な知識でない、知識と知識の間に関係があって成り立つようなものを構造のある知識と定義する。家にも大学にも大量の本を抱え、別荘での読書のひと時に至福を感じるという。そんな益川氏が現在興味を持っているのが生物学。進化論、記憶などの仕組みにおいては、人知を超えた多様性があり、未解明への魅力にあふれているという。過去の物理学者でも波動力学の創始者・エルビン・シュレディンガーなどが自己の物理学の完成後、生物学へ参入しており、興味深い事実と言える。

今回の受賞は物質の根源を考究する素粒子物理学における貢献によるもの。南部氏は1961年の論文「自発的対称性の破れ」、小林・益川両氏は1973年の論文「弱い相互作用の再正常化理論におけるCP対称性の破れ」が評価された。南部氏の発見した「対称性の破れ」と呼ばれる物理学界の一般現象の考え方を小林・益川両氏が素粒子に適用したところ、素粒子を構成する基本粒子・クォークが実際は六種類必要だという結論に至ったのが今回の発見の全体像。30年以上前の発見であるが、ここ数年の実験によって理論が実証されたことが受賞のきっかけとなった。

振り子の運動はビデオで撮影して巻き戻しても元の運動と同じ運動に見える。これを時間的対称性と呼ぶ。同様に、空間においても、左右対称な物体を鏡に映しても同様な形をしているように、対称性が存在する。このように、通常の物理世界は対称性を基として構成されており、対称性と物理法則は不可分の関係にあるとされていた。しかし、実際の自然界では磁石のN極とS極が変換不可能なように対称性が破れているように見え、それは宇宙の始まり以来の事実である。南部氏の発見は、このように一見して対称性の破れている自然界も、より高次の視点から眺めれば自然法則が維持されているというもの。そして、このように外見と理論に差異があるのは、微視的な素粒子の世界で対称性が本質的に破れているからだと説明した。素粒子の崩壊に関わる「ゲージ粒子」は物理法則からは質量ゼロと想定されるが、現実には陽子の百倍の重さがある。このような矛盾に満ちた素粒子の世界に法則を貫かせることに南部氏は先鞭をつけた。小林・益川両氏はCKM行列と呼ばれる独特の数式を導入することでこのような理論の展開を見せる。

対称性の性質は素粒子の世界にも通底していると考えられてきており、電子に対する陽電子など、粒子にはそれに対応する反粒子が等しい数だけ存在すると考えられてきた(CP対称性)。小林・益川両氏は場の量子論を弱い相互作用にもちこむことで、その対称性が破れ、宇宙の始まりにおいて粒子が反粒子に勝っていたことを証明し、その前提の下ではクォークの数は従来想定されていた4種類でなく6種類必要であることを発見した。そして、1974年に4番目、77年に5番目、94年に6番目のクォークが確認され、理論の正しさが証明されている。

小林・益川両氏は名古屋大学で坂田昌一博士に学んだ同門。坂田博士は京大で湯川秀樹博士に学び、既知の素粒子のさらに下位の素粒子の存在を強く主張しており、両氏によって6種類とされた素粒子もその部門にあたる。両氏の発見は湯川・朝永の創始した日本素粒子理論の正当な系譜の下での功績であったと言える。

《本紙に写真掲載》