文化

高校生に薦める一冊 南伸坊『歴史上の本人』

2008.09.25

歴史上の人物に扮して旅をし、彼らの心情や行動を理解してみよう、という試みの本である。伸坊さんがこの企画を始めたのは、ある雑誌の企画で編集者に、「小原庄助さんの謎」を解明してきてほしいといわれ、それを解明すべく朝寝・朝湯・朝酒を実践したことに始まる。それを編集者が面白がり、連載になったものをまとめた本だ。

何が面白いといえば、伸坊さんが徐々に身も心も歴史上の人物になっていく過程が手に取るようにわかる。二宮尊徳の項では、門前仲町に行ってまげを買い、パジャマで野良着を作る。さすがに恥ずかしいからと灌木の間で着替えて、柴を刈る。儒教のテキスト『大学』を片手に。もちろん「斉家、治国、平天下」と音読する。「キ印の金さん」と呼ばれる由縁を自らの身にもって体感し、薄の影で一服しながら少年時代を回想する。調子に乗ってテレビの明かりで読書までしてしまう。こうして「一途でマジメな金次郎像」ではなく、伸坊金次郎をして「私は、やりたいようにやったのだ」と言わしめる金次郎の姿が読者の前に立ちあらわれる。

本人は至ってマジメになりきろうと努力しているところが、コミカルである。天狗にふんして「私は天狗だ」と言ったり、大村益次郎の盛り上がった頭を模してかぶり物をしたり、やりたい放題。どうみても如来像の体型なのに、仁王像に扮して大工さんとツーショットをとってみたり。顔づくりにも余念がない。織田信長は凛と張りつめた視線に神経質な感じを漂わせ、清水次郎長は口をへの字に曲げ、眉間に皺を寄せた頑固者。傑作なのは樋口一葉で、どこか薄倖そうな中に思いつめた心情を感じる。(その様子は「篤姫」の宮崎あおいにも似ている。失礼か?)

歴史の勉強をするなら、年号を覚えるより、まずなりきってみることを真面目にお勧めする。「キ印」と呼ばれようとも、いいじゃないの。(ち)

《本紙に写真掲載》