書評 大橋敏子著 『外国人留学生のメンタルヘルスと危機介入』(2008.08.01)

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著者は40年に渡り、京大の外国人留学生受け入れに関わってきた。本書は留学生受け入れ現場での「経験知」をまとめたもの。著者は、「文化や言葉の壁」という観点で語られ、非常に静的な問題として語られがちである留学生の精神的な病を、「危機が起きた。さあどうするか」という時点から積み上げて描いている。極言すれば、留学生が抱える悩みとは、悩みそのものであるよりも悩みが起きた時に対応することができないことにある。この視点は現場ならではのもののように思う。それゆえに、留学生に対して、友人として、教え子として、クライアントとして関わる人たちがどうすべきかという実践の場における議論を開いている。

本書を貫くキーワードは、タイトルにもある「危機介入」である。留学生を襲う危機はうまく対処することによって、留学生とその受け入れ側にとって互いの理解や交友を深めるのによい契機となる。だから危機を恐れず、うまく(もちろんこの著作を参考にしながら!)関わっていくのがよい、とする。この思考の強靭さには頭が下がる。

一方、この発想の対極にあるのが、現在はやりの危機とかいてリスクと読ませるリスク管理なのだろうと思う。危機が起きたときリスク管理が教えるのは、いかに被害を最小にするかだろう。リスク管理を実際に研究している人は、たぶん起きた後のことを変数化して組み入れようと頑張っているし、それは複雑性を縮減するすばらしい営みなのだろう。だが、リスク管理という語のふつうの使われ方では、リスク管理をしながらリスクを冒すというよりも、むしろ「なるべく不確定なことをしない」ということになる。特に業務内容の安定性や堅実さが求められる公共部門でリスク管理を言葉として求めすぎることは、組織の硬直化につながるだろう。

あまりリスクを言いすぎると、現場で働く人たちの働く意欲が減少してしまう。リスク管理のなかでは、危機介入という取り組みは評価されない。危機介入の取り組みは成果としてなかなか見えにくい。いや、それは評価が不徹底だからで、事後対処も徹底して評価すればできるという考えかたもある。しかし、自殺者を何人防いだ、引きこもりを何人大学に復帰させた、もしくは予防したという成果を評価することはほとんど不可能だ。その点において、本書は現場の一つの反撃であるし、また時宜を得たものとなっている。

問題への対処に焦点が当てられた本書では、当然このような疑問も起こる。「この本で挙げられている事例がどの程度外国人留学生に固有のものか」ということだ。失恋などいわゆる青春の悩みは日本人学生にもごくふつうにあることだ。留学生の側から照射することによって、日本の学生がクリアに見えてくる。留学生にとって生きやすい大学は日本人にとっても暮らしやすい大学になるだろう。外国人留学生に関わる人たちだけでなく、「危機に直面している」人に関わるあらゆる人たちに読んで、考えてもらいたい本である。(ち)


《本紙に写真掲載》

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