文化

生協ベストセラー 『アートを楽しむ京都地図本』

2008.06.16

京都に住んで二か月。夏休みに高校時代の同級生が訪ねてきても、それなりに地元顔できるはずだ。通りの名、有名な寺の場所、安くてうまい軽食屋…。ちょっとした自慢スポットを確認しておく。こうして一年前には憧れの地だった京都で生活していることを思い返すたびに、授業の疲れも少しは癒えてくる…少しは。

私の実家のある千葉はドーナツ化現象で宅地・道路開発が進み、年々身の回りの自然が姿を消していった。暗くなるまで制作に励んだ秘密基地もザリガニのとれた沼も消え、あとには同じような形の家が建てられていった。そして、感情の通い合った友人たちも学校や家庭の事情で離れていき、私は地元とのつながりが薄れていった。私はそんな故郷に対する愛着がもてなかった。その反動か、歴史と人いきれにあふれる京都への憧憬がいっそう強まっていった。

今回のルネベスト一位である『アートを楽しむ京都地図本』はそんな私の気持ちにこたえたような情報誌である。この本は京都市内のしゃれっけのある店の位置、紹介文、写真を地図に載せた京都案内マップとなっている。ちょうど入学時にもらう生協の『京大周辺マップ』がカラフルになったような形になっている。しかし、生協の本が「生活に役立つマップ」だとすれば、こちらは「生活を楽しくするマップ」になっている。ここに掲載されている店はどれも、経営者たちの自らの趣向へかける思いが伝わってくるような洒落っぷりである。

意外に思うかもしれないが、私がこれらのモダンな店を眺めて思うのは、京都の歴史の深さである。「深い歴史」というと、一般には古い寺などが思い浮かばれるかもしれないが、歴史というのは建造物や遺産に限られたものではない。歴史が人間によって作られるものであることを考えれば、「人間そのもの」にこそ歴史というものが見えていいはずなのだ。美しい景観とアングラな雰囲気を調和させ、憩いの空間を作り上げるこれらの店からは、平安の昔から続く「数寄者ぶり」が今の京都人にも生きていることを示してくれる。そして、その千年以上も連綿と続いてきた濃密な社会のつながりこそ私の求めていた「人いきれ」なのだと思う。

心地よい空間というのは形によってだけ作られるものではない。人々が互いに交わり、歴史の最先端を担っていくことで始めて形成されるものである。この地図片手に京都を歩いてみれば、そんな歴史の最先端に自分も入り浸っていることをお気づきになるだろう。(麒)

《本紙に写真・ランキング掲載》