’08 就職を読みとく 就職活動前史 メールチェックに説明会、せっせと就活…っていつから?(2008.03.16)

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就職サイトに登録して、毎日、ナビから来るメールをチェックする。企業からのメッセージを受け取る。自分の興味のある業種をキーワードに検索をかける…最近ではインターネットなしに就職活動はできない。しかし、こうした就活のあり方とはいつからなのだろうか。就活の変遷の陰には、学生と企業の間に立つマッチングビジネスの形成と発展の歴史があった。

就活ビジネスの黎明期


就職活動のマッチングビジネスは、「大学新聞広告社」(現・リクルート)が62年、『企業への招待』(現『リクルートブック』)を発行したことに端を発する。社長の江副氏が、東京大学新聞社員だったころの広告営業にヒントを得たものだった。それ以前の採用情報は、新聞の紙面の買い取りによる新聞広告であった。しかし、学生に対する効果が低く、中途採用には向いていても新卒採用には向いていない。

採用情報を集約し書籍化する。採用広告としてページを買い取ってもらう。学生課などに無料で配布。この3つからなる新しいビジネスモデルは、学生に対して効果が高く、広告業界のニッチを活用した。経済成長に伴う需要の拡大も追い風となった。

一方、目標150社に対して参画した企業は69社だったが、発行部数約2万6500部、およそ2万3000人の学生(当時の学生数が約20万人)が受け取った。

採用情報を集約し書籍化するモデルが成り立ってくると、他社が参入してくる。次いで、ダイヤモンド社が就職ガイドを発刊。就職ガイドは、高度経済成長期に比例して拡大路線をたどり、しばらく安定する。

80年後半から、日本経済はバブル景気を迎え、求人倍率は91年に2・86倍に達する。就職ガイド本は、ページが高値で取引され、一度に何ページも買う企業もあった。広告業界も就職マッチングビジネスに参入。経営多角化に乗り出した企業は、テレビで求人広告を行うようになる。

ウェブへの離陸


しかし91年、バブルがはじけると、企業のコストダウンが進む。真っ先に切られるのは広告や採用部門だった。書籍による広告は費用がかかりすぎることから敬遠され、書籍によるビジネスモデルは曲がり角を迎える。このころ、マッチングビジネスを展開する企業は、資料取り寄せ用のはがき集や企業情報CD‐ROMなど、さまざまな模索を行った。情報提供だけでなく、実際に人事担当者と会う場を大規模にセッティング「合同説明会」や「就職活動EXPO」が行われ始めたのもこのころである。

紙媒体以外の選択肢の一つであり、決定的に就職活動を変える一つがウェブであった。毎日コミュニケーションズは95年に「Career Space」(99年、「毎日就職ナビ」に変更)を、リクルートは96年に「Recruit Book on the NET」(97年、「リクナビ」に変更)を開設する。始めはこれまで書籍化されていた採用情報を、単にウェブ上にアップしただけのシンプルなもの。

システムさえ作れば、どれだけ情報が増えてもコストがかからないという利点はあったものの、実際に学生が利用するかどうかについては疑問視されていた。当時ウェブへの移行を進めた関係者は「パソコンをわざわざ開いてメールをチェックする、学生がそこまでやってくれるだろうか、と半信半疑でした」と話す。ところがフタを開けてみれば、パソコンが急速に普及しブロードバンドが発展したため、ウェブは大当たり。2、3年の試用期を経て、本格的に導入が始まる。2000年代、就活サイトは企業の情報が載った単なるページから、機能を増し、学生が使うツールへと変化していく。

一方ウェブの登場は、学生側にとって情報過多の状況を招く。少し興味を持った企業に「エントリー」するだけで「企業研究」「自己分析」がおろそかになっているとの嘆きの声も聞かれる。最近では、企業側もウェブの欠点を補うために、合同企業説明会・個別説明会で実際に顔を突き合わせることを重要視しているそうな。

《本紙に写真掲載》

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