〈映画評〉王道に挑む21世紀の名探偵 『ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密』(2021.10.01)

Filed under: 企画類
????????????????????
アメリカの古風な大邸宅で、著名なミステリー作家が変死体となって見つかった。警察は、ナイフで喉を切った自殺と結論したが、私立探偵ブランが匿名の依頼を受けて捜査にのりだす。屋敷に集められた遺族は、一見満ち足りた生活を送っているが、全員が死んだ作家ハーランの財産に依存していた。捜査が進むにつれ、各々の秘密や汚点が暴かれてゆく。

本作は、前半で事件の真相が明らかになってしまう、いわゆる「倒叙」ミステリーだ。真実を唯一知る看護師マルタは移民2世で、一家とは対照的な貧しい暮らしを送っている。彼女はハーランの健康管理のために雇われたが、ふたりは深い友情で結ばれるようになっていた。ハーランの親族は、マルタと「家族同然」に親しく付き合うが、その言動の端々には「施す者」の高圧的な心理や、移民への蔑視がにじみ出ている。ハーランの全財産がマルタに遺されたことが明らかになると、彼らは敵意をむき出しにしてマルタを糾弾し、懐柔を試み、陥れようと画策する。富裕な老作家と貧しく若いマルタの、対等で温かい友情に対置されるのは、「家族」という言葉を巧みに利用して私欲を満たそうとする人々である。

本作に探偵モノとして特別に目新しい要素はない。豪邸に作家の死、頼りない警察、名探偵の登場と遺産争いという、古典ミステリーにありがちな要素をこれでもかと詰め込んだ設定。加えて、背広姿で葉巻を吸う、飄々としたブランの姿は、笑ってしまうほど完璧な「探偵」のステレオタイプだ。ブランは探偵としてはありきたりで個性に欠けるものの、ジェームズ・ボンド役で知られるダニエル・クレイグが、この王道探偵を、偉大な名探偵達にひけを取らず魅力的に演じている。

一歩引いた印象の、でしゃばらない探偵と同様に、トリックも奇抜なものではない。ミステリーで前面に押し出されがちなこれらの要素を控えめにすることで、緻密な人物描写が効いてくる。「いるいる」と笑いたくなるような一族の人々のキャラクター描写は絶妙だ。また、人生の清算を決意する老人ハーラン、社会的弱者として生きるマルタの表情が、無言のうちに観客の心を捉える。移民政策や排他主義といった社会問題に踏み込んでいる点も、物語に厚みを加えている。観客は推理モノとして楽しむことも、人間ドラマとして観ることも、社会への問題提起に耳を傾けることもできるだろう。

ライアン・ジョンソン監督が「アガサ・クリスティーのようなミステリーを」と発想したという本作は、奇をてらわずベタな設定、控えめな探偵像、肩肘を張らないトリックで、正統派ミステリーの自負を感じさせるものだ。また、現代的なカメラワークと一貫した映像美、名優たちの危なげない演技で隙無く仕上げ、作品を通して観客を楽しませることを忘れない。王道ミステリーの土俵で闘う実力は十分といったところではないか。珍妙なキャラクターや、大がかりなだけのトリックに頼った作品にうんざりしてきたミステリーファンに勧めたい。強いてケチをつけるならば、配役からやや展開が読めてしまう点だろうか。

アカデミー脚本賞にノミネートされ、興行的にも成功した本作は、ネットフリックス配信作品として続編2作の製作が決定している。映画館で楽しめないのが残念ではあるが、ミステリーシリーズの「新たな古典」となることを期待したい。(田)

製作年:2019年
監督:ライアン・ジョンソン
制作国:アメリカ   
原題:Knives Out
上映時間:130分

トップページお問い合わせサイトポリシー著作権について個人情報の取り扱いについて
京都大学新聞社 〒606-8317 京都市左京区吉田本町 京都大学構内 TEL:075-761-2054(直通) 075-753-7531(内線2571) FAX:075-761-6095