企画

【連載第十一回】吉田寮百年物語

2021.06.01

《連載にあたって》

京大が吉田寮現棟の明け渡しを求めて寮生20名を提訴した問題で、5月20日に第7回口頭弁論が開かれた。こうした中、本紙では2019年7月16日号より「吉田寮百年物語」を連載している。吉田寮の歴史を振り返り、今後のあり方を考える視点を共有することを目的とし、連載にあたり吉田寮百年物語編集委員会(※)を立ち上げた。前回第十回では、2014年からの3年間の動きを振り返り、大学当局が退去通告を出すまでの過程について考察した。今回は、2018年からの約3年を振り返り、通史を締めくくる。その他、補修に関する寄稿などを掲載する。(=次回完結予定)

※「21世紀の京都大学吉田寮を考える実行委員会」や「21世紀に吉田寮を活かす元寮生の会理事会」の会員と趣旨に賛同する個人からなる。京都大学新聞社が編集に協力している。

※これまでの連載↓
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《通史》退去期限から寮生提訴へ(2018年〜2020年)

全寮生退去の「基本方針」 理事会の意向を受け、吉田寮と副学長の団体交渉が停止し、双方の板挟みになった杉万副学長は辞任に至った。後任として川添信介氏が学生担当理事・副学長に就任して約2年が経った2017年12月19日、停滞する現棟老朽化対策の打開案として大学当局は、「吉田寮生の安全確保についての基本方針」を発表した。基本方針は、川添副学長が主導して作成し、同日の臨時部局長会議で報告の上、役員会で決定。公式サイト上で発表され、吉田寮自治会及び寮生個人にメールで通知された。学生寮に関する事項を扱う第三小委員会のメンバーは、議論の蚊帳の外に置かれ、京大の公式サイトで初めて知るような状態だった(※)。

基本方針では、吉田寮の現棟が耐震性を著しく欠き、「極めて危険な状況にある」とし、2018年1月以降の吉田寮への新規入寮停止、全寮生の2018年9月までの退去を求めた。新棟居住者も含め全寮生退去を求めた理由について川添副学長は、吉田寮自治会が大学に提出している名簿が現棟と新棟の居住者を区別しておらず大学が新棟居住者を把握できていないためだと説明した。

さらに、退去する学生には大学が「代替宿舎」を用意することとされた。代替宿舎とは、現在の寄宿料と同額の400円と実費の水光熱費を負担することで住むことのできるとされた民間のアパートのことである。大学が、生協を通じて学生向け賃貸住宅を借り上げ、費用の多くを大学の負担として寮生を住まわせる、前例のない措置だった。

現棟の老朽化対策については、「本学学生の福利厚生の一層の充実のために収容定員の増加を念頭に置きつつ、検討を進める」とだけ述べられた。杉万副学長の時代には、2016年度からの第三期中期計画において、何かしら予算を確保することが説明されていたが、それはなされず、老朽化対策は、事実上白紙に後退していたのだった。そのため、寮生を退去させることが、この時期に副学長を務めた川添氏の主たるミッションとなった。

突然の「基本方針」発表に寮内外が揺れた。自治寮としての吉田寮の実質的な廃寮通告にほかならなかったからだ。寮の運営について自治会との合意の上決定することを約束した確約に反する「基本方針」の通知を受け、吉田寮生らは12月20日、教育推進・学生支援部棟の厚生課窓口で抗議行動を起こした。吉田寮は、現棟老朽化対策について、補修の方向で2012年以降、学生担当副学長との間で議論が進んできたことを指摘し、「これまでの議論や約束を反故にして、老朽化対策を遅延させ続けている」と大学当局を批判した。その上で、全寮生の退去を必須とする基本方針は不当であり、速やかに大規模補修に向けた議論を再開すべきと主張した。当局からは田頭吉一・教育推進・学生支援部長や瀧本厚生課長らが応対した。吉田寮は策定に関わった川添副学長が直接寮生の前で説明するよう求めたが、窓口の職員から電話を受けた川添副学長はこれを拒み、文書での質問や少人数の話し合いにのみ応じると答えた。吉田寮は、基本方針への抗議を声明にまとめ、12月26日に発表し、改めて基本方針の撤回と団体交渉の開催を求めた。

また、吉田寮は12月22日、窓口で追及した事項を質問状にまとめ、川添副学長宛に提出し、現棟老朽化対策として吉田寮が提示している補修案への見解を問うた。川添副学長は12月28日に「本学学生の福利厚生の一層の充実のために収容定員の増加を念頭に置きつつ、検討を進めていく」と基本方針を繰り返した。
(※)詳しくは、本連載第十回「学生生活委員として感じたこと」(伊勢田哲治 文学研究科准教授)を参照。

代替宿舎事業の推進 川添副学長らは、自らが指定する条件のもとでの話し合い以外には一切応じない姿勢を見せた。2009年4月の「吉田南最南部地区整備基本方針(案)」の作成、2012年4月の「吉田寮食堂の取り壊し」通知、2015年7月の「入寮募集停止要請」通知の際に行ったような説明会の場すら設けなかった。

京大は、代替宿舎の斡旋を推進することで、従来の対話ではない形式で、寮生の退去を強引にかつ急ピッチで進めるという策に舵を振り切ったのだ。大学は、寮生の保護者などに宛てて、〈退去期限までに引っ越さなければ「不法占有」となる〉旨の通知を複数回送ったほか、教務情報システム(クラシス)の掲示板を通じて寮生を呼び出すこともあった。その結果、「基本方針」発表当時に在寮していた272名のうち、2018年10月までに、100名近くが代替宿舎に移動し、その事業に対して累計4920万円が、教育研究事業費の予算から支出された。必ずしも本意でなくとも、大学からの圧力に耐えきれず寮を去る者もいた。

少人数による話し合いの開催 川添副学長は当初、団体交渉の形式こそが問題であり、提示する条件の下での話し合いであれば応じる、と述べてきた。2016年や2017年に出した文書の中で川添副学長は、その話し合いであれば、現棟の老朽化対策について検討を行い、確約の内容についても議論すると説明してきた。しかし、2018年、吉田寮が川添副学長の指定する条件下での話し合いに応じることで明らかになったのは、検討・協議は行わず、寮生の「意見を聞く」だけであるという大学の姿勢だった。

川添副学長の提示した話し合い条件は、公開された大衆団交形式ではなく、少人数で、寮生側が名前や役職を明かし、非公開の形で行うということだった。それまでの団体交渉は、学内の教室で公開された形をとり、寮生の処分や逮捕などといった圧力がかからないようにする目的から「吉田寮自治会」とだけ名乗る形で、少なくとも1988年の河合隼雄学生部長の時以来、行われてきた。川添副学長の前任者まで歴代副学長が署名してきた確約書には、〈吉田寮自治会が求めた場合、団体交渉に応じる〉、〈次期の副学長に責任をもって引き継ぐ〉旨が残されてきた。こうしたことから、吉田寮は「基本方針」が発表された後も、あくまで従来の形式での話し合いを求めた。しかし、川添副学長は頑なに拒み続けた。

大学の設定した退去期限である2018年9月末が迫ってきていた。吉田寮は、誰が新棟居住者か分からないため全棟退去を求めるという大学の主張を受け、2018年3月提出の名簿から、寮生の居住棟も記した。しかし、同年4月以降、大学は吉田寮からの名簿と寄宿料、水光熱費の受け取りを拒むようになった。

他大学の自治寮が廃寮となる過程では、大学が設定した「退去期限」を過ぎると、電気やガス、水道といったインフラ設備を停止させるという措置が取られることが多かった。同様の懸念が吉田寮にもあり、居住を続ける寮生にも不安が広がっていた。そうした厳しい状況のなか、吉田寮は、窮余の策として、川添副学長の指定する形式での話し合いに臨む決断をした。

少人数での話し合いは、2018年の7月13日と8月30日に行われた。7月の話し合いで吉田寮は、現棟の老朽化対策案について検討状況の開示を求めたが、川添副学長は「現時点では開示できない」と述べた上で、吉田寮との合意形成については「するつもりはない」と言い切った。吉田寮からは、現棟の老朽化対策として3案を以下の優先順位で求めると提示した。①京都市条例を適用し木造のみで補修する案、②構造の一部を鉄筋コンクリートに変更し補修する案、③管理棟部分のみ補修して居住棟は建て替える案。7月の話し合いで川添副学長は、寮自治会からの提案を、質問を挟むなどしつつ確認し、「意見を伺います」と述べた。ただ、8月の話し合いの場でも川添副学長は「検討する」と述べるにとどまり、検討状況の開示は避けた。

新棟については、吉田寮側が各寮生の居住棟を明かしたことで、基本方針で示した退去理由はなくなったことを副学長は7月に認めたが、8月には、望ましい福利厚生施設のあり方という観点から現寮生に退去を求めると主張した。

また、7月の話し合いでは、大学の入寮募集停止要請を吉田寮が受け入れなかったことに関して、川添副学長が強い口調で寮生を叱責する場面があった。川添副学長はこれを「恫喝と取ってもらって構わない」と繰り返し語った。吉田寮は8月の話し合いで、ハラスメントに当たるとして抗議した。

川添副学長は9月14日、京大公式サイト上及び自治会へのメールで話し合いの打ち切りを告げた。2回の話し合いを「寮生の安全確保という喫緊の課題について建設的なものとはなりませんでした」と総括し、秋期入寮募集が実施されたことと合わせて、「現状では、自治会との話し合いを行える状況でない」と述べた。吉田寮は翌15日、老朽化対策案について議論を進められなかった責任は大学にあると主張し、入寮募集停止の是非は話し合いの中で提起し議論されるべきこととして、交渉の打ち切りに抗議した。

「退去期限」の到来 現棟老朽化対策が進展を見せぬまま、大学の設定した「退去期限」が過ぎ、10月となった。約100名の寮生が居住を続けていた。電気やガス、水道が止められることはなかったものの、大学は、電話回線を遮断し、事務員を配置転換させたほか、生活用品の支給も取りやめた。10月1日と15日には職員が来寮し、「退舎通告」と書かれた警告文を現棟ならびに新棟に貼り出した。吉田寮は、電話回線の停止や職員の配置転換について公開質問状にて、決定の根拠を問うとともに、話し合いの場を設定するよう求めた。質問状に対しては「回答しないこととなった」と厚生課長補佐が11月5日に窓口で明かした。回答しない理由及びその決定プロセスについても説明を拒んだ。

吉田寮は、一連の大学の対応に抗議し、学内での集会や記者会見を通じて、事態の打開を試みた。また、学内の運動との連携も模索した。12月には、学内自治団体や、立て看板規制、遺骨返還、ジェンダー不平等などの問題に取り組む人らと集会を開催し、合計で300人以上が集まった。

ちらつく訴訟と、自治の問題 2019年1月17日、京都地裁が現棟と食堂を対象に占有移転禁止の仮処分を執行した。大学は仮処分執行日の夕方、記者会見を開き、仮処分の申し立てを2018年12月に行っていたことを明かした。占有移転禁止の仮処分とは、明け渡しを求める訴訟の前提として、被告となる占有者を固定するための措置で、41名の寮生が「債務者」として、占有の移転を禁じると公示された。記者会見の中で川添副学長は、改めて寮生に退去を求めるとともに、明け渡し訴訟を提起する可能性も示唆した。その理由について、「話し合うことによってより早急な解決ができるという見通しが持てない」などと述べた。吉田寮が問題としてきた退去後の現棟の老朽化対策については、「収容定員を増やしたい」としつつ「どういう仕方で対応をするかはまだ決めていない」と基本方針と同様の内容を述べた。また、寮の運営については、「適正な範囲での管理が必要」と語った。

山極壽一総長も2月4日の定例記者会見で、吉田寮に関する記者の質問に答えた。退去について「話し合いをするための最低の条件」とし「別に、吉田寮の自治会や学生にとって法外な要求ではない」と語った。退去後の現棟の老朽化対策については、「将来構想を我々は何も提案していない」との見解を示し、寮の運営については「学生の自治は大いに意味があると思っている。だが、自治の内容については今の時代にそぐわないものもある」などと語った。

京大当局による一連の対応に対して寮自治会は、一方的な決定や福利厚生の縮小として抗議するとともに、現棟の老朽化対策を話し合いによって解決することを再度求めた。

自治を問題視する大学側の考えは、2019年2月12日の「吉田寮の今後のあり方について」という公式文書にまとめられた。この文書の中で当局は、寮食堂を含めた吉田寮現棟を立ち入り禁止とすることを通告する一方で、新棟からの退去要求については条件付きで撤回することなどを明らかにした。新棟居住の条件として当局は▼氏名・所属・居室を大学に示すこと▼入寮募集を行わないこと▼現棟に立ち入らないことなどを挙げた。そして、吉田寮現棟の老朽化対策について、それらの条件を受け入れた寮生と話し合うとした。また寮生が退去した場合の現棟については「建築物としての歴史的経緯に配慮」して老朽化対策を行うと表明したが、現時点では、寄宿舎として提供する方針以外は未定で、建て替えの可能性も排除していないと述べた。自治については、「責任ある自治」を認める、としたが、現行の運営には問題があると指摘した。この発表に対して京大の教員有志は2月14日、今回の発表について「執行部の本当の狙いが「寮生の安全確保」ではなく、自治寮としての性格の解体であることを物語っている」と当局を批判する緊急アピールを発表した。

対して吉田寮自治会は2月20日、「吉田寮の未来のための私たちの提案」を発表するとともに、山極総長・川添副学長宛に「表明ならびに要求」を提出した。これらの文書の中で吉田寮は、食堂の使用や寮自治会による現棟の清掃・点検という条件が受け入れられれば、5月末に現棟から退去することなどを表明し、話し合いの再開を求めた。3月13日には当局が声明を発表し、寮自治会の求める交渉の再開に「応じることはできない」とした。

ついに提訴へ 2019年4月26日、京大当局は寮生20名を相手取って現棟の明け渡しを求める訴訟を京都地裁に提起し、同日夕方に記者会見を開いた。被告となった20名は、1月と3月の仮処分をもとに現棟に居住していると京大が判断した学生と説明した。

川添副学長は会見で、提訴以外の解決方法は無かったかと問われ「イメージを持てない」と述べた。提訴を受け、吉田寮自治会は5月5日に声明を発表し、当局に訴訟の取り下げと交渉の再開を求めた。提訴の翌日、京大の教員有志が緊急声明を発表し、「断固として抗議する」と表明した。7月1日には、教員有志が訴訟の取り下げなどを求める要求書を京大当局に提出し、会見を開いた。会見で駒込武・教育学研究科教授は、5月24日に総長と懇談する機会があったことを明かした。寮生と話し合うよう提案したところ、山極総長が「吉田寮生は信用ならない」と述べたという。このほか、寮食堂を使用する有志の団体が5月7日、熊野寮自治会が14日、文学部自治会学友会が23日に、それぞれ提訴に抗議する声明を発表した。

訴状の中で原告・京大は、▼在寮にあたっての契約は存在せず、被告・寮生は現棟の占有権限を持たない▼仮に契約があるとしても、建物を所有する大学側の裁量は大きく、倒壊の危険性や代替宿舎の提供を考慮して契約を解除できるなどと主張し、食堂棟を含む現棟の明け渡しを請求している。対して吉田寮は、歴代の学生部長・副学長が署名をしてきた確約によって、自治会による自治が認められてきたことなどを主張し、契約関係は存在し、退去を求めるのは妥当でない旨の主張を展開している。

2020年3月31日に京大は、退去後の住所を大学に伝えていた元寮生を含む25名を新たに提訴した。新型コロナウイルス感染症が流行する中での出来事であったことから、「不要不急の提訴」と吉田寮は抗議した。

2020年に行われた、総長選においては、6名の最終候補者のうち、2名が吉田寮からの公開質問状に回答した。そのうち、結果的に教職員による意向調査で2位となった寶馨・総合生存学館教授は、「吉田寮裁判は、不幸なことに、京都大学における近年の「変化」を象徴する出来事となってしまいました﹂と述べ、裁判の取り下げを明言した。しかし、意向調査で1位となった湊長博理事(プロボスト)は、吉田寮の質問状を「受取拒絶」として返送した。湊氏は、2020年10月、総長に就任した。学生担当理事には、意向調査で6名のうち最下位の村中孝史氏を任命した。

大学はこれまで、現棟老朽化対策について、詳細を明かしていない。吉田寮は、訴訟の対象外の新棟に限っての入寮募集を続け、話し合いの再開を求めている。

紙面紹介

2021年6月1日号紙面では、《通史》と《論考》のほか、以下の記事を掲載しています。

・《論考》「建築文化財」京大寄宿舎(吉田寮)の保存・活用(中尾 芳治 元帝塚山学院大学教授)
・《コラム1》「資料室」とファイリングの始まり
・《コラム2》文化部情報局再建と資料集公刊

また、《通史》で紹介した時代の写真や年表も掲載しています。ぜひご覧ください。

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