企画

ふらっと左京区

2021.05.16

思うようにならない日々が続く。自宅の窓から目に見えるのは、悔しいほどに青く澄み渡った春の空。「部屋にこもりきりで、気が滅入ってしまった」「大学生活はもっと自由なものだと思っていたのに」という人に、大学構内から数十分とかからず訪れることのできる名所を伝えたい。「ふらっと左京区」にはそのような意味を込めた。今回の記事は全てこの春からの新入生が体験記事として書いたものだ。新鮮な視点で左京区界隈をリポートしてくれた。感染対策をしっかりとしたうえで、学業の気分転換にふらっと楽しんでみてはいかが?(編集部)

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哲学の道

京都大学から東に向かって20分歩いた先に、哲学の道はある。ゴールデンウイークのまっただ中、傘を差しつつ哲学の道を逍遥した。

哲学の道の入り口は思っていたよりずっと簡素で、ともすれば見逃すところだった。今出川通の歩道から分かれて、川沿いに石畳が延々と敷かれている。

さらに進むと道が二手に分かれており、そこで銀閣寺に別れを告げて南方へと進んだ。この辺りから川底には見たこともないような水草が茂り始め、悠々と水の中や上を滑る鯉や鴨などにも遭遇した。

ちょうど半分に差し掛かったころ、哲学の道沿いに位置する大豊神社を見つけた。この神社は、応神天皇、菅原道真を祀っているらしい。

境内に入ると、蛇やねずみ、トビ、猿など、様々な動物の石像がまず目に入った。この神社は「ねずみの社」としても知られており、中でも長寿の水玉を抱えるねずみと学問の象徴である巻物を抱えるねずみが一際目立っている。そこで学問成就をお祈りしてから大豊神社を後にし、再び哲学の道を歩き始めた。

ところでこの道の名前に「哲学」が冠せられているのは、京大ゆかりの西田幾多郎がこの道を歩きながら哲学に耽ったことに依る。プラトンやアリストテレスも散歩をしながら思索していたように、古今東西、実際に歩くことで、思考の歩みをも進められるものらしい。哲学の知見が皆無の私でさえ、大文字山が葉桜に影を落として全体的に深緑色の哲学の道を歩くうちに、日常の煩瑣な事柄から解放され、どこか壮大な気持ちになることができた。最初に地図を見たときは、これほど長い距離を踏破できるとは思っていなかったが、景色を眺めたり、時には西田幾多郎に思いを馳せたりしているうちに、あっという間に歩き通せてしまった。

一人で思索に耽りつつ歩くのもよし、友達と議論を交わしながら歩くのもよし、是非とも一度歩いてみてほしい。(滝)

南禅寺

知っているだろうか。今回紹介する「南禅寺」は、京都にある1600もの寺院の中で最も格が高いといわれていることを。事実、足利義満は1386年に、京都にある五つの寺院を「京都五山」へ位置づけると同時に、南禅寺を「別格」としてさらに上位に置いている。比叡山に天台宗の巨大な延暦寺を控えながら、どのようにして臨済宗の南禅寺が高く格づけられていったのか。

禅宗のひとつ臨済宗が日本に初めてもたらされたのは鎌倉時代のことである。禅宗は、幕府の保護を受けながら武士に広く受け入れられ、京に古くからある比叡山の天台宗や高野山の真言宗に対抗して存在感を大きくしていった。そんな中、当時法皇になって間もない亀山天皇によって1291年に南禅寺は建てられた。フビライ=ハンの時代である。室町幕府の時代になると禅宗の勢いはさらに拡大する。南北に分かれた朝廷の統一や仏教の宗派間の勢力均衡などバランス感覚を要する政治政策の中で、3代将軍義満のもと南禅寺は京都におけるその地位を確立したのである。

ところが、「別格」に認められてから僅か7年で最初の火災がおこり、応仁の乱がおこった1467年には市街戦で敷地の全てが焼け落ちるなど、不幸が重なる。今の姿にまで復興したのは徳川家康の治世になってようやくのことである。また明治時代に入ると琵琶湖の水を通すローマ様式の水道橋「水路閣」が加えて作られる。南禅寺は災害や戦火に見舞われながらも、したたかに時の為政者や時代の流れに乗り、今なお悠然と構えている。

南禅寺はその700年以上の歴史もさることながら、緑に囲まれ街の喧騒から隔絶された静かな雰囲気もまた魅力的である。青紅葉の映える今の季節、風で木々が揺れる音、キビタキやシジュウカラのさえずりを聞きながら伽藍をゆっくり歩いて回るのは気持ちがいい。レンガ造りの水路閣と木造寺院が隣り合う様子は一見ちぐはぐにも見えるが、水の流れる緑豊かな庭園が見事に両者を繋ぎ合わせ 、まるでスタジオジブリの世界に紛れ込んだかのようである。

南禅寺は京大の時計台から自転車を走らせて15分程と身近だ。ぜひ自分の足で赴き、歴史と風情を感じてほしい。(怜)

平安神宮

京都大学から南へ歩くこと十数分、圧倒的な存在感を放つ、平安神宮の大鳥居に到着した。この鳥居は1929年、昭和天皇の即位の儀式が京都で執り行われたことを記念して建てられた。高さ24㍍、幅18㍍の大きさを誇り、写真に収めるのも一苦労である。これぞ国内最大の鳥居に違いないと信じてくぐったが、後に調べてみると、日本には高さ25㍍を超える鳥居が7基もあるそうだ。

新緑がきれいな岡崎公園を抜けると、待ち構えるのは碧瓦が特徴的な応天門である。平安京の應天門を8分の5スケールで再現しており、国の重要文化財に指定されている。門を入ると、境内一面に敷き詰められた白砂に朱色の鮮やかな社殿が映え、我々を古の京へと誘ってくれた。

平安神宮は平安京遷都1100年を記念して、桓武天皇を祭神として1895年に創建された。1940年には、平安京最後の帝である孝明天皇が併祀された。寺社仏閣の中では新しい部類だが、それだけに、桓武天皇が平安京を開いた当時の大内裏の様子が忠実に再現されている。大極殿、蒼龍楼、白虎楼は創建当時のものである。

大極殿の横が、約1万坪もの敷地面積を誇り、国の名勝に指定されている神苑への入り口である。苑内は東西南北の4つの区域に分けられており、それぞれが独特の雰囲気を醸し出していた。池で暮らすアイガモやアオサギの姿に癒されるのはもちろん、日本初のチンチン電車や尚美館といった歴史的価値の高い文化財も見ることができる。

平安神宮は、祇園などの観光地のすぐ近くにありながら、市街の喧噪を忘れられる落ちついた空間である。例年春と秋には神苑の無料公開も行われている。千年前の京と表情豊かな自然を感じに、一度訪れてみてはいかがだろうか。(0)

編集部より

哲学の道を道なりに南進すると南禅寺に至る。南禅寺を出て西に下ると、そこは京都市動物園や京セラ美術館、平安神宮の位置する岡﨑エリアだ。このようにシンプルなルートで今回取り上げた三か所全てを楽しめる。ルート沿いには、今回伝えきれなかった名所もきっと見つかるはずだ。おおよそ平坦な土地を通り、起伏も激しくない。フラットな左京区を、ふらっと散歩してほしい。

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