文化

〈書評〉「こころのはたらき」を解き明かす

2021.04.01

コロナ禍の影響で、ここ最近精神的に不調になる人が増えた気がする。親しい間柄であればその人の生活からなんとなく心の不調の原因を推察することができるが、超能力者でもない限り、真相を知るのは至難の技だ。今回取り上げる毛内拡著『脳を司る「脳」 最新研究で見えてきた、驚くべき脳のはたらき』では、複雑な人間の心を解き明かす手がかりを脳の「すきま」に求め、人間の心のはたらきや、ひいては人間そのものを解明しようとしている。

毛内氏は、お茶の水女子大学で教鞭を取るかたわら、有志が集まり脳に関する本を輪読する会「いんすぴ!ゼミ」の代表を務めるなど精力的に活動している脳科学の研究者である。あとがきによれば、毛内氏は高校時代に「ヒトを人間たらしめるものは何か」という疑問を抱き、哲学書や文芸書、科学の一般書を手当たり次第に読み漁り、最終的にたどり着いたのが脳科学だった。以来、「ヒトを人間たらしめるもの」は脳科学の研究の中で見つかるに違いないという考えのもと、日々研究を重ねている。

本書では、第1〜2章で脳の構造やニューロンのはたらき、脳科学の歴史など、これまで行われてきた脳研究の成果を扱っている。第3〜4章では本書のメインテーマである「ニューロン以外」の部分、すなわち脳の「すきま」について解説する。

従来の脳科学では、脳を構成する神経細胞である「ニューロン」が脳のはたらきを担っているとする説が一般的だった。しかし最近になって、細胞と細胞のすきまにある「細胞外スペース」と呼ばれる部分が、脳の機能において重要な役割を持っていることが明らかになってきた。細胞外スペースは、「間質液」という体液で満たされており、脳内物質の通り道になっている。脳内物質には様々な種類があり、有名なものではうつ病とも関係するセロトニン、やる気や感情を左右するドーパミンなどがある。脳内物質は、細胞外スペースを拡散することで脳の広範囲に伝わり、これまで注目されてきたニューロンに劣らずこころのはたらきに関与しているのである。

最終章の第6章では、「アストロサイト」と呼ばれる脳細胞について詳しく説明している。アストロサイトはニューロンとは異なり電気的な活動はせず、シナプスも形成しないため、これまでの研究で注目を浴びてこなかった。しかし、ニューロンがうまく活動できるようにサポートするなど、脳内環境を整備する重要な細胞であることが分かっている。また、アストロサイトが活性化することで記憶力や学習効率の向上が見込め、うつ症状の改善にも効果があることも示唆されている。

このように本書では脳のはたらきを丁寧に解説しているのだが、読み進めていると聞いたことがない用語が次々に登場する。著者の毛内氏が執筆の動機の1つとして、一般の人に最前線の研究内容をわかりやすく伝え、社会貢献することを挙げている通り、脳科学の研究成果は一般の人たちの間に浸透しているとは言い難い状況にある。

例えば、悲しくなったときに真っ先に脳内物質を思い浮かべ、「悲しいのは脳内のセロトニンが足りていないからだ」と考える人は少ないだろう。特定の感情を抱く理由として何らかの出来事を探し、対処したり受け入れたりしようとすることがほとんどだ。しかし、起きてしまったことが受け入れられない、原因となる出来事に対処する術がないなど、解決に至らないことは多々ある。

そのような場合、本書で紹介されている「脳のはたらき」に着目することで、また違った対処ができるようになるかもしれない。外部の出来事以上に、脳内物質や脳のすきまは人間の心と密接に関与している。感情とうまく付き合っていこうとする上で、脳に直接働きかけることも手段の1つとして覚えておいて損はないのではないだろうか。

最後に、本書で説明されていた簡単な脳内物質への働きかけを紹介する。脳内で分泌が減少するとうつ病などの不安障害につながるとされるセロトニンは、規則正しいリズミカルな運動によって分泌が促進されることが分かっている。ここでの運動は、テンポよく歩くことや一定の速度で呼吸すること、背中をトントンと叩くこと、指を振り続けることなどでも構わない。他にも脳内物質に働きかける方法は様々で、投薬や特定の食べ物でも増減をコントロールできる。行き詰まったときにでも試してみてほしい。(森)

脳を司る「脳」 最新研究で見えてきた、驚くべき脳のはたらき
著者/毛内 拡  出版社/講談社
発売日/2020年12月17日

関連記事