〈映画評〉異なる正義の狭間で 『羅小黒戦記(ロシャオヘイセンキ) ぼくが選ぶ未来』(2020.12.16)

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みずみずしい森の中に、一匹の小さな黒猫が眠っている。その穏やかな情景を打ち破ったのは、一台の巨大なショベルカーだ。人と人ならざるものの在り方を問う物語の始まりである。

本作は中国のアニメーション映画で、2011年に動画サイトで公開されたアニメ作品が人気を呼び、劇場版の制作に至った。日本では2019年9月から字幕版が、2020年11月から吹き替え版が上映を開始している。国境を越えて人々を惹きつける最大の魅力はそのメッセージ性だ。

舞台となる現代の中国では、人間の自然破壊により、多くの妖精たちが居場所を追われていた。主人公である黒猫の妖精、シャオヘイもその一人だ。彼は同じく妖精であるフーシーに助けられ、人里離れた島で共に暮らすことになる。だがそこに現れた、人間でありながら最強の執行人と呼ばれるムゲンに、シャオヘイは捕らえられてしまう。ここまでは、正義は妖精の側にあり、彼らを追い詰める人間こそ悪だという図式に見える。確かに本作は環境破壊へのアンチテーゼという側面もあるが、ことはそう単純ではない。

実は、人と共存する妖精たちが暮らす「館(やかた)」が存在しており、ムゲンは館から派遣された法の番人だった。彼はシャオヘイと共に旅をするうち、師弟として絆を深めていくことになる。一方フーシーは、妖精が自由に暮らせる楽園を得るため人間たちの排斥を目指し、シャオヘイの持つ特別な力を狙っていたのである。人との共存を受け入れるべきか、拒絶するべきか。

この問いに正解はない。共存という選択は確かに平和的に思えるが、開発を止めない人間たちのせいで、居場所を失う妖精たちは増えている。フーシーの過激にも見える決断は、棲みかの山を追われた辛い経験と、妖精の過酷な状況に追い込まれた故のものだった。物語の結末で、シャオヘイとムゲンが交わした言葉が象徴的である。「フーシーは悪い人なの」「お前の中に、ちゃんと答えがあるだろう?」自分にとっての悪が相手にとって善かもしれない。私たちが普段忘れがちな可能性が、目の前に突きつけられる瞬間だ。

この深いテーマを、圧倒的な映像美が下支えする。ジブリ映画を思わせる美しい森林、迫力満点のバトルシーン。それらは音楽と一つになって心に迫ってくる。シャオヘイとムゲンの旅の中では、所持金がなくサトウキビを食べ逃げするふたりなど、微笑ましいシーンも満載だ。圧巻の中華ファンタジー、笑いと涙の一〇一分を、存分に味わってほしい。(凡)

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