文化

人文学の新地平を語る 文学研究科シンポジウム「デジタル人文学の世界へ」

2020.12.16

12月5日に、京都大学文学研究科・文学部によるシンポジウム「デジタル人文学の世界へ」がオンラインにより開催された。ウェブでの事前申し込み制で、当日はZOOMにより約120名が参加した。シンポジウムでは文学研究科の喜多千草教授が司会を務め、3名が講演した。

人文学と情報学の見地から

最初に、東京大学次世代人文学開発センター人文情報学部門教授の大向一輝氏が講演した。大向氏は、2019年まで国立情報学研究所に所属し、CiNiiなどのデータベースの開発に関わってきた。情報学の博士号を有し、デジタル人文学の第一人者である。「人文学と情報学の界面で」と題して、最新のトピックを織り込みつつ、デジタル人文学についての概説した。国立情報学研究所コンテンツ科学系の北本朝展教授によれば、デジタル人文学(DH)とは、「人文学的問題を情報学的手法で解くことにより新しい知識や視点を得ることや、人文学的問題を契機として新たな情報学の分野を切り開くことなどを目指す、情報学と人文学の総合分野である」と定義される。

デジタル人文学の事例として大向氏は、大学図書館所蔵資料のデジタル化、学習機能による史料分類、暦法や時間表現の整理システム、市民参加型の翻刻サイトなどを紹介した。次に、情報学、人文学それぞれから見た、デジタル人文学の特質を指摘した。情報学から見ると、人文学の大規模化によって、デジタルアーカイブの構築を行い、知識の共有と研究活動の協働を可能にするツールと言えるという。人文学の立場からは、「方法論の共有地」として高度な研究手法を普及させ、「他者との分業」を可能にする手法であると説明した。そのうえで大向教授は、データの大規模化や多層化により解釈の作業が疎かになる恐れがあることや、幅広い共有と協働に伴って信頼性の確保が難しくなることなどを挙げた。今後は、大学におけるカリキュラムの再整備、各専門分野への組み込みの必要があると指摘した。

研究者の養成に期待

次に講演したのは、永崎研宣・人文情報学研究所人文情報学研究部門主席研究員である。永崎氏は、デジタル技術に関する書籍を複数出版している。今回の講演では、「人文学とデジタル人文学~教育をめぐる視点~」とのテーマで、デジタル人文学の成果、デジタル人文学教育の現状などを論じた。デジタル人文学の成果としては、膨大な分析結果・手法、教育手法、それらに基づく実践事例が共有されていることを挙げた。

一方で、研究者としての「人事評価」に、これらがどう反映されるか、という課題があることを指摘する。

教育に関して永崎氏は、東京大学大学院人文社会系研究科修士課程におけるカリキュラムを紹介した。同課程では、DHの知見を持った研究者の養成を目指す授業が展開されている。永崎氏は京都大学貴重資料デジタルアーカイブの制作に携わった経験を踏まえ、各分野の研究者が連携することで、京都大学においてもデジタル人文学の教育体制の構築が可能であるとの期待を述べた。

体系的な専門教育を

最後は、橋本雄太・国立歴史民俗博物館助教である。自身が、京都大学大学院文学研究科で科学史を専攻したのち、DH研究者・開発者になった経緯と、大学におけるDH教育の在り方について講演した。橋本氏は自身の経歴について、京都大学で、歴史学と情報学両方の訓練を受けられたこと、工学研究科や理学研究科との交流が活発であったことが、DH分野の研究者としてのキャリア形成に有用だったとする一方で、体系的な専門教育を受けていないという意味で、モデルケースではないとふりかえる。大学におけるDH教育については、一般教養化していることを課題に挙げ、人文学教育の一環として扱う仕組みの必要性を指摘した。また、DHの進展のためには、人文学とコンピューティングを共に訓練できる課程が設けられるべきであると述べた。

講演中から、チャット機能を通じて質問が寄せられ、3名がそれぞれ応答した。

最後に、宇佐美文理・文学研究科長があいさつし、「研究科としても大学としても、この分野を研究、教育の両面で充実させていく必要性がある」と述べ、3時間30分のシンポジウムが終了した。(苑)

関連記事