〈映画評〉ちっぽけな幸せを求めて 『マロナの幻想的な物語り』(2020.10.16)

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1匹の犬の「私の人生を巻き戻して」というセリフから始まる本作は、9匹兄妹の末っ子として生まれ「ナイン」と呼ばれたメスのミックス犬の物語。曲芸師、工事現場の監督、通りすがりの少女と様々な飼い主と出会い、最終的に「マロナ」と名付けられる彼女の生涯をプレーバックする。

本作最大の特徴は、何といっても印象的な画だろう。ピカソの「泣く女」を連想させる奇天烈な色・形で表現される人物や街並みは、まるで子供の頃に見た絵本が動き出したかのようである。そのような画の中でなされる2Dと3Dが組み合わさった表現は、丁寧な編集と相まって、テンポがよく非常に楽しめる映像に仕上がっていると思う。ただ、あまりに斬新すぎるがゆえに、ディズニーや日本の作品に慣れ親しんでいると、若干の抵抗感を感じるかもしれない。

そのような独特な映像は、単に作品の芸術的側面を担うだけではない。マロナの心理状態によって姿を変える街並みや、マロナに好意的でない人物、単なる通行人が、もはや人と識別できないような形で表現されていることから、この作品が一貫して犬であるマロナの目を通して見える世界を描いていることを強調するツールとしても機能していることがわかる。

そんな映像の芸術的美しさとは裏腹に、描かれる物語は人間の負の一面を映し出す。昔、有名なドッグトレーナーが「犬は人間の感情がわかる」と言っていたが、本作のマロナはその言葉と重なる。彼女は人間のエゴを匂いから読み取るのだ。もはや可愛がってくれていた頃の主人ではないこと、もうすぐ捨てられることをかぎ取ってしまう。それでもマロナは、自分よりも人間のことを思って行動する。彼女に待ち受ける結末も考えると、救いのない物語のように感じる。

では、タイトルの「幻想的」とは、マロナの生涯の何が幻想的であったことを示すのか。おそらくその答えは、マロナにとっての「幸せな時間=大切な人との時間」ではないだろうか。作品を通して、犬の幸せは人間目線だとちっぽけなこととして描かれている。そんな人間からしてみれば救いのない話かもしれない。しかし、マロナにとっては、それぞれの飼い主との時間が、劣悪な環境にすら幻想的風景を見出させるほどのものであったことを表しているのだろう。そう解釈すると、本作の「犬の幸せの求め方は不変」というテーマが際立つと同時に、変わってしまうのは人間側であるという悲しい事実にも気づかされる。

このようにしてマロナの生涯をプレーバックし、物語は再び「私の人生を巻き戻して」というセリフと共に幕を閉じる。冒頭では、このセリフは最後の飼い主である少女との会話の中で出てきたものであったし、観客もそう思うだろう。しかし、エンディングではマロナの一生を見届けた人に向けての言葉として観客に迫ってくる。命を飼う上で忘れてはならないことがあることを改めて問いかける、非常に巧妙な演出であると思う。(湊)

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