インタビュー

湊長博 新総長インタビュー「議論して決め、必ず実行する」

2020.10.01

山極壽一前総長が6年の任期を終え、10月1日、湊長博氏が総長に就任した。政府が進める大学改革の影響が続く中、今年に入り、予期せぬ感染症への対応という難題も加わった。こうした状況で、新総長はどのような将来像を描き、目下の課題にどう向き合っていくのか。就任を前に、本紙が単独インタビューを実施した。新たなリーダーの声を通して、今後の京大が進む道筋の可視化を図る。なお、インタビューは8月下旬にオンラインで実施した。

湊長博(みなと・ながひろ)

1951年富山県生まれ。京都大学医学部卒。医学博士。専門は免疫学。自治医科大学内科助教授や京大大学院医学研究科教授などを経て、2010年から医学部長・医学研究科長を務めた。14年に研究・企画・病院担当理事となり、17年からは企画の立案や調整を担うプロボストを兼任した。今年10月1日に京都大学総長に就任した。

自由の学風で独創的な研究を——冒頭、総長より

※インタビューの冒頭、湊新総長(取材日時点では理事)が、京大の課題や今後の展望について、見解を述べた。


京大の伝統を引き継ぐ

まず、よく京都大学は自由の学風と言われるが、そもそもどういうことか。京大の歴史を少し話します。

京都大学は1897年にできて、2022年に125周年を迎えます。創設段階では、日本に国立大学は東京帝国大学しかありませんでした。当時の大学はもっぱら教育の場でした。明治の文明開化の頃にフランスなどの教育制度が日本へ入ってきた中で、ヨーロッパの大学は専門家を育てる場所という位置付けだったので、それが出発点になりました。ですから東京帝国大学は、官僚や政治家、技師などを育てることを主たる目的として設立されました。

19世紀後半になり、科学や技術の急速な進歩に伴って、研究をどこがやるかという話が出てきました。ヨーロッパでいろいろな研究所ができて、ドイツでは研究も大学でやるべきだという声が出てきて、大学というものがプロを育てるところから研究をやる場所になっていきました。

1897年頃、そうした機運が日本でも高まり、もう一つ大学が必要だということで、国会でも動きがありました。作るからには専門家を育てるだけではなく研究をやる大学を、という方針で、第三高等学校があった京都に作ることになりました。

当時の京大の教育は東京大学と全然違っていました。東京大学は、座学で何百人を集めて教えて、ノートをとって徹底的に覚えるという教育だったのですが、京都大学は研究も大事だということで、ゼミナールを初めて取り入れました。少人数で話し合って考えて結論を出す形式です。それ以来、京都大学は研究をやる中で教育も行うことがモットーになりました。自由に、言い換えれば独創的な研究をするという方針です。つまり、どこかから輸入して勉強するのではなく自分たちで何かを創り出すことが京都大学の伝統になって、それを我々は引き継いできたわけです。

京都大学の将来構想に関して、理念的なことは今までと本質的には変わりません。自由の学風のもとで独創的な研究をする中で、自由に学生が育ってくれたらいいと思っています。僕も学生にそうしてきましたし、京都大学はそういうところなのです。言われた通りのことを教わって単位を取って一丁上がりという教育とはちょっと違うのだろうと考えています。

こうした理念的なことをふまえて、具体的に取り組んでいくことについて話します。2017年に新しく法律ができて、国が国立大学の一部を指定国立大学に指定しました。定義上は世界で競争できるような強い大学を選んで国が支援するというものですね。僕が理事に就いてこれに応募しました。というのも、今までの国の政策は、国が出した目標にどう到達しているかを測る仕組みとなっていて、僕はそういうのはあまり好きではなかったのですが、今回の指定大学の話は、自分たちの考えている好きなことを言っても良く、世界と競争できると認められれば指定するということだったので、京都大学としてぜひ応募しようということになりました。全学で半年以上かけて議論した上で、京都大学は向こう5年、10年でこういうことをやりますと提案して、東大と東北大とともに指定を受けました。

京都大学はその時点でいくつかの中長期的な約束事をしました。

多様性を守る

一つ目は多様性です。京都大学は独創的な研究をするのと同時に、いろいろなことをやっている場所です。研究所、センターと名が付くものが30ほどありますが、これは日本で一番規模が大きいです。いろいろなフィールドでいろいろな研究をする、多様性が非常に大事で、それが京大の特徴です。

研究をしようと思ったら、それを支える各々の領域がガチガチに固定されていたら困るわけです。所属する専門分野に縛られていたら自由にできません。研究なんてどんどん時代によって変わりますし。それから、たくさんの人たちと協力して新しい領域を作っていくことが大切です。ですので、学部・学科といった枠組みをできるだけ柔軟な形にして、様々な共同研究が自由にできる体制を保障したいと考えています。

若いときに海外へ

もう一点は、学生や研究者も含めて若い人たちをどう育てるか。それから、国際的な流動性をどう作っていくかが非常に重要です。コロナがもたらした今の状況は一過性のものなので、いずれそれらが大きな問題になります。若い人たちを大学できちんと手当てをしていくことと、外国との循環を促進することが大きな課題で、これに力を入れたいです。

僕はなるべく若い時に外国へ行くべきだと思っています。短期間でも良いので、いろいろな国の環境に露出されるのは非常に大事です。外国から京大に来る留学生は多く、数字的には悪くない。ところが、非常に問題なのは、京大生が外国に行く割合がものすごく低いのです。日本全体がそういう傾向にあるという見方もできますが、京都大学は特に低いです。これはなぜかを考えているところです。条件面がネックになることもあるでしょうし、精神面の後押しが足りないのかもしれません。そういう課題の克服に取り組みたいと考えています。足かせになっていることを教えてくれれば、可能なことはぜひ対応して、なんとか外へ目を向けてもらいたいと思っています。

文系はもっと発信を

それからもう一つ大事なのは、社会科学や人文学、いわゆる文系の領域についてです。たしかに京大の文系は歴史的に非常に成果を出しています。一方で、社会に対する発信が弱いように僕には見えます。自然科学系の発信は、たとえば論文を書く、技術を作り出すといった形でストレートに社会に出るでしょう。ところが文系は、考えたことを社会に発出することが必ずしも十分にできていないだろうと思います。いろいろな事情があるとは思いますが、なんとか文系が一体となって、京都大学の社会科学や人文科学の取り組みを、世間に分かるように発信していただければ、京大ももう少し開かれた大学になるのではないでしょうか。かねてからいろいろな活動に取り組んでいただいていますし、引き続き注力できればと思います。

まとめ

京都大学に引き継がれてきた理念をふまえて、ここ数年で具体的に力を入れる点については、まず、今述べたように自由に研究できる体制を作ることです。若い人たちが大学で学び研究したいと思わせるような環境をどうやって作るかが重要です。それから、学生の間にできるだけ早く外国へ行って、いろいろなものに晒される機会を作るようなことをしたいです。3つ目は、若い人も教員も含めて、文系がもう少し社会に発信すること。特にこういうコロナの時代に、発信の機会を増やすよう努めることは大事だと思います。

ボトムアップで進めていく——総長選考を受け

ーーまず、湊理事は6年前にも総長候補者に名前を連ねておられましたが、その当時の思いも含めて、総長に選ばれた今のお気持ちをお聞かせください。



6年前は立候補したわけではありませんでした。その後6年間、理事・執行部として全学を見る立場に立つと、僕がそれまでずっといた医学部という世界とは、やはりずいぶん景色が違うなと感じました。本部と各学部・部局の意思疎通は必ずしも十分ではありませんでした。

今回も僕は立候補したわけではないですが、こういう結果になったので責任を持ってやらなくてはならないと思っています。各部局とよく議論して、ボトムアップでいろいろなことを進めていかないと、結局物事は実現しません。京都大学は、トップダウンで「これをやれ」と言って動くような大学ではありません。やれというのは楽ですが、実際に実行できるかどうかは、皆が理解し、同意を得ているかどうかが重要です。今の気持ちとしては、全学でよく議論をしたいと思っています。

僕のモットーは「信頼して議論をする」。議論のための議論は消耗するだけですから。信頼して議論した上で一番良い答えを出して、決めたことは必ず実行する。スローガンで終わったら何の意味もありません。

ーー立候補したわけではないとのことですが、予備投票や意向調査で得票数一位でした。どういった層に、どういう点から支持を受けたとお考えですか。



なかなか難しいですが、一つには、理事としてこれまでいろいろな施策をやってきたことがあるだろうと思います。ずいぶん前までは、総長がトップダウンで方針を打ち出して運営していたのですが、僕はそういうことはしたくありませんでした。指定国立大学の構想でもそうですが、いろいろなことを決める時に、戦略調整会議を作ったりプロボスト制度を作ったりして、とにかくボトムアップで、部局の壁を越えて十分議論した上で決めてきたつもりです。

もともと部局長会議という部局長が集まる会議がありますが、これはある意味堅苦しい決定機関です。そうではなくて、役職にこだわらず全学から若い人もシニアも含めて有志に集まってもらいました。この6年間で、〈とにかく議論して物事を決めて、決めたからには実行してください〉という形で進めてきたことが、いくつか実を結んできました。もし評価されたとすれば、そういう点ではないかと思っています。

選考方法

ーー今回の総長選は決選投票がなく、票が割れたまま決まったという見方もできます。一方で、全国の大学に目を向けると、そもそも投票がない大学もある。京大の総長の選出方法についてはいかがですか。



かなり個人的な考えにはなります。

昔ながらの構成員の選挙だけで決める方法は良くないという政治的なメッセージは、一部から確かに出ています。実際、国立大学というのは、いろいろなステークホルダー(利害関係者)がいるわけです。学生と教員だけが京都大学を所有しているわけではありません。僕たちは税金をもらっていて、国民がステークホルダーであり、発言する権利を持っています。そう考えれば、京大に利害のある外部の人たちが、京大のトップの選出にある種の影響力を及ぼすのは自然なことだと思います。

一方で、トップの選出に際して構成員の意向を反映しない決め方は、どこの世界でも普通はありえません。そして構成員の意向を反映するには、投票が最も一般的な方法で、必要なプロセスだと思います。

内部の人たちの意向と、外部のステークホルダーがどう見るかということと、どうバランスを取るのか、技術論でいろいろ議論してもらえれば良いと思います。現在のところ京大は両方の要素があって、おおむね正しい方向なのではないでしょうか。

外部資金で新しい取り組みを——大学運営

大学の評価

ーー指定国立大学(※)については、資金援助や規制緩和が見込める一方で、国が決めた枠組みで評価を気にしながら進めていくことへの懸念の声もあります。どのように捉えておられますか。



大学評価の問題は非常に大きいです。日本中の国立大学は、機関別認証評価(※)というものを受けています。これは統一的な基準で国から評価を受けて、点数がつくのですが、僕はやるべきでないと思っています。しかし、税金を使っていますので、全く評価を受けないというわけにもいきません。
指定国立大学の話で僕たちが動いた理由の一つには、主体的に提案するという点が大きかったです。それを内閣府や文科省が評価して、この構想に基づいて頑張れば京大が良くなるのではないかと認められて指定を受けました。ですので、僕の言い分としては、僕たちが向こう5年かけてやると言ったことを本当にやっているかどうかで評価してほしいということです。そういう形で評価を変えてほしいと国に伝えています。

※指定国立大学
国際化などに関する各大学の改革構想を国が評価して資金援助や規制緩和の対象とする制度。京大はプロボスト構想などが評価され、2017年6月に指定された。

※機関別認証評価
各大学が、国の定める大学設置基準に沿った運営ができているかを7年周期で自己点検し、国の認証を得た機関から評価を受ける制度。


自己資金

ーー法人化以降の大きな流れとして、各大学が自己資金を確保しながら改革を進めるあり方についてどう考えていますか。

まず、我々は国立大学なので税金が入っています。国民からの負託を受けて成果を還元することは我々の重要なミッションなので、税金をいただく権利がありますし、逆に言えば義務も発生しています。

次に、外部資金に関して言えば、これは産学連携などいろいろな動きがありますが、職員の給与など、大学を存続させるための最低限のお金が確保された状態で独自の新しいことに取り組みたいわけです。そのためには、自分たちで収入を得る手段はあって然るべきだと思います。

方法はいろいろあって、もちろん卒業生に寄付をお願いするのも手ですし、すごい研究をして特許を取得して収入を獲得するのも一つです。アメリカの大学は、莫大なお金を特許で獲得していて、京大も特許でお金を得ています。それから、産業界ときちんと共同研究をして、しかるべく収入を得るという方法もあります。

ある程度リスクを負ってでも、そういう外部資金によって新しい世界へ踏み込んで、社会への貢献度が高いものがあれば、国から評価を受けて支援が得られます。ただし、必ずしも社会貢献に直結するとは限りません。僕たちは安全な橋を渡るだけではなく、多少冒険しているわけです。自力でやっていくという覚悟も必要でしょう。

大学債

ーー資金に関して、東大で大学債を始めるという話があります。



※大学債
大学が発行する公募債。国立大の場合、債権発行で得た資金の使途は附属病院事業などへの投資しか認められていなかったが、今年6月に国立大学法人施行令の一部が改正され、教育研究活動に充てることが可能となった。東大は8月21日、先端的な研究施設やオンライン教育の整備に活用するためとして、国立大学法人として初めて大学債を発行すると発表した。


大学債は、はっきり言えば借金です。会社でも私大でも借金して市場からお金を集めています。公募債の発行にあたっては、ランキングを付けられて、投資家が安全かどうかの指標にします。東大はかなり良い格付けをもらって、200億円集めたそうです。イギリスのケンブリッジ大やオックスフォード大が返還期間を60年や100年として大学債を発行していることを引き合いに出して、東大は今回40年かけて返還すると表明しています。利子として2年に一度、大きな額を払うといったことも言っています。

ただ、このようなことを世界中の大学がやっているかと言えば、むしろ彼らは例外です。大学債を発行するには、それなりに理由を立てないといけません。たとえば、オックスフォード大では、築400年の大講堂がボロボロになっていて、それは歴史的にイギリスで大事にされてきたものだから借金で補いたいということで、市場からお金を出してもらっています。お金が減ってきて運営が厳しくなってきたから学債を出す、ということはありません。苦しいからと言って借金をすれば一層厳しくなりますよね。しかし、大きなことをやりたい、それをやれば将来非常に良くなるというビジョンを示せば、借金も許されるわけです。今回、そういった趣旨で関連法令が改変されました。

では、今すぐに京大で大学債を発行する大義があるか。この建物を50億円で作ったら学生も研究者も喜ぶ、という案があるかどうか。僕自身は今は思いつかないです。将来的に必要になる可能性はあります。これさえあれば5年、10年後に京大がものすごく発展して収入が増えるという案が出てくれば検討します。しかし、なんとなく経営が苦しいから大学債を出してお金を増やすということは大きな間違いで、逆に借金を増やして、将来ドツボにハマることになります。

研究に専念できる環境を——教育・研究

研究環境の整備

ーー研究に関して、理事は所信表明で若手研究者のポストの拡充や研究環境の整備などに言及されていましたが、具体的にどのような改革を行うお考えですか。



ポストが少ないという問題は確かにあります。緊急で100ほど増やしましたが、まだ足りません。一方で、どんどん増やせる状況にはなく、シニアとのバランスをどうとっていくかが難しいです。多少時間はかかると思いますが、各学系に今対応をお願いしているので、事態が好転する見込みです。

数と同時に、若い人たちが助教などのポストに就いた後にどういう環境に置かれるかが重要な課題となっています。研究に専念できていない現状があります。事務の仕事もたくさん入って来て、研究のエフォート(全仕事時間のうち、研究にかける時間の割合)が非常に足りていないという実情が如実に現れてきています。それに関しては各学系で具体策を練るように求めています。学系によっていろいろな案が出ています。

アメリカでは一般的に、若い人が30代でポジションをとると、2年から3年はいくつか免除事項があります。教育担当を2、3年免除されたり、支度金・研究費がもらえたり。科研費(※)をとるまでの手続きで時間がかかりますからね。それは一つの例で、とにかく若い人たちがきちんとスタートを切れるようなサポート体制を、部局の性格や学問領域に応じて作っていくべきだと思いますし、そういう議論も始めていただきたいです。そうすれば、あとは競争世界なので、どうしても向かない人はいます。そういう人には別の道を探してあげないといけませんが、スタートはイーブンになるようにしたい、僕はつくづくそう思っています。僕たちは若い頃そういう環境を整えてもらいました。今はそれを実現するためには財政的基盤が課題になるので、先ほど述べた外部資金はそういう人材育成のところに回すのが望ましいと思います。

※科学研究費助成事業
国内の研究に対し、審査を経て国から資金を交付する制度


教育施策の成果

ーー研究の土台として教育も大事になります。京大では近年、国際高等教育院(※)の設置やキャップ制の本格的な導入など、教育面の変化がありました。これらの感触や効果をどう考えていますか。



※国際高等教育院
教養教育の企画と実施を一元的に担う組織で、2013年4月にできた。設置に際して複数の部局から反対の声が上がり、度重なる修正を経て成立した。


キャップ制については、僕は流れをフォローできておらず、仕組みがよく分かりません。国際高等教育院については、苦労して作って軌道に乗ってきましたが、作ることにエネルギーを使った節があり、今のあり方がベストだとはもちろん思っていません。どういうふうに制度面の磨きをかけていくかが大事です。

問題点は出てきています。大学院共通科目などもあり科目群構成が複雑になっているところがあるので、必要なものとそうでないものをもう少し整理しないといけないです。それに、あんな狭い教室で何千人という学生を見るのは現実的になかなか難しいです。そういった点も含めて、学部の初期教育はもう一度考えないといけない時期かもしれません。

外国人教員百人採用の話(※)もあります。おおむね百人近くまで増えましたが、外国人であればそれでよいのか、どういったタイプの人がよく機能したのか、これから検証して磨きをかけていく段階に来ていると思います。

※京大は教養教育改革の一環として、2013年度から5年間で外国人教員を約百人増やす方針を掲げた。


ーー山極総長は就任時の京大新聞のインタビューで、「松本前総長は教育の現場から離れ過ぎていた」と指摘していました。湊理事は、学内運営に携わられた期間が長いですが、最近は教育や自身の専門である免疫学の研究はどのように取り組まれていますか。



僕は研究は今でもやっています。当然学生が出入りします。全体の講義をやることはないですが、学生とは今でも接しています。僕は学生と話をするのが大好きなので。たしかに距離感は大事です。現場にいる感覚は非常に大事で、松本さんの時がどうだったか僕は知りませんが、山極さんの言い分は当たっていると思います。現場から離れると、いろいろな結論を出すときにも、方向性を出すときにも、リアリティを持って考えられなくなります。

対面での交流保障したい——コロナ対応

教育のあり方

ーー冒頭、「コロナは一過性のもの」とのご発言がありました。前期の授業はオンライン中心でしたが、今後の教育について、長期的な視点でどのようなあり方が望ましいとお考えですか。



オンラインは良いところもあるのでしょう。でもそれで十分でしょうか。アメリカはオンライン講義がとても普及していますが、それでもアンケートを見ると、7割の学生は通常講義の代わりにはならないという意見を持っています。日本がどうかは知りませんが、教える中身を超えて、教員と学生とが交流する機会はどこかで保障されるべきだと思います。オンラインで完全にそれができるかどうかは、これから検証が必要でしょうね。僕自身はあまりそうは思っていません。

対面での教員と学生の交流は、冒頭で述べた留学の促進にも関わってきます。教育においては、知識を得ることも大事ですが、同時に、教員から動機付けを受けることが実は非常に重要で、長い人生に影響を与える可能性があります。僕は卒業してからすぐにアメリカへ行きましたが、大学でいろいろな話を聞く中で、行ってみたいと思うようになったわけです。そういった感情的なインプットは、単位取得やGPAの数値とは別の次元の話で、京大は歴史的に大事にしてきました。これをどう保障していくかという課題がコロナで改めて見えてきましたので、力を入れて取り組んでいきたいと思います。

オンラインツールが教育の手段として使えると分かったことは、今回の大きな成果だと思います。ですから、コロナが収束した後でも使える時は使えば良いと僕は思います。たしかに便利ですよね。たとえば外国にいる人とでも話せるわけですから。しかし、オンラインに置き換えて教育のあり方を根本的に変えるかどうかは、教育技術としてオンラインを使うかどうかとは別のストーリーなので、分けて議論すべきでしょう。ですから、後者は主要なテーマにならないと思います。使い勝手がいいように使えばいいのです。今は他にチョイスがないからそれに依存しているだけです。

今後コロナがどうなるかどうかは誰にも分かりません。今、科学と技術がどんどん進化する中で、「ポストノーマルサイエンス」という言葉が出てきています。科学と技術は万能で、これが進化すればなんでも解決できるというのが、ノーマルサイエンスの考え方でした。しかし、実際には科学で答えられないことがたくさんあるのです。今回まさにそうで、これはポストノーマルサイエンスの領域なのでしょう。実際、データは溜まって来ているのですが、科学の成果や知識が直接、意思決定・政策決定に反映できているかというと、できていません。それは、コロナという事象があまりに複雑すぎるからです。加えて、利害関係者が多すぎるのもあります。こういう状況の中で、科学の貢献は非常に限定的なものとなります。

どうなるか分からない時は歴史が非常に大事です。コロナに近いウイルス感染症は何度も起こっていて、パターンは限られています。1つ目は自然消滅するか、人為的に消滅させるか。ポリオはつい最近、アフリカで根絶宣言が出ました。SARSのように自然に消滅したケースもあります。これらは理想的なケースです。2つ目は、季節性の感染症、いわゆる感冒に埋没していくことです。完全には消滅せずに付き合っていく状態です。インフルエンザウイルスはこれに当たります。毎年何万人と死ぬのですが、別に隔離したりはしませんよね。ですから、どの程度毒性がひどいかが重要です。ヒトの致死率が30%であれば潰すしかないですが、コロナの場合はインフルエンザより少し高い程度なので、いろいろなシナリオが考えられます。教育の対応も考えていかないといけません。消滅はしないかもしれませんが、いずれ付き合っていける状態になると思います。そうなった場合、よくポストコロナと言いますが、今まで通りの教育に戻るのか、あるいはせっかくオンラインを上手に使えるようになったので、それに取り込みながらやっていくのか。これから議論すれば良いのです。ただし、危機対応的に都合が良いからオンラインを続けよう、とするつもりは全くありません。

課外活動

ーー課外活動の自粛要請の緩和に向けては、どういったプロセスをお考えでしょうか。



京大の危機対策のグレーディング(格付け)は、学生次第の要素もあります。僕は、通常通りの活動をやって全く問題ないと思っています。コロナはあちこちで出るかもしれませんが、絶対に出ない状況を作るのは困難ですから。今気にしないといけないのは、クラスターを発生させることです。若い人は、カラオケに行ったりお酒を飲んで気分が良くなったりして騒いでしまって、なにかの拍子でお年寄りがいて……そうなったらかないません。だから、意識的に、自分たちは加害者にも被害者にもなりうると思わないといけません。そして、若い学生たちはかかってもほとんど症状が出ませんが、感染力があって他の人にうつす可能性がありますから、その点を意識したうえで活動するのであれば、スポーツなり課外活動なりをやっても良いと思います。学生がそれだけリライアブル(信頼に足る)かどうかにかかっているわけです。

執行部が部局と対話を——意思決定・透明性

意思決定のプロセス

ーー学内の意思決定に関して、戦略調整会議(※)で広く意見を募る案件がある一方で、役員会の権限が強まっているとの指摘もあります。どのようなあり方が望ましいとお考えですか。



※戦略調整会議
学内の教員からなる会議で、将来構想や組織改革といった課題に対し、総長や理事からの依頼を受けて、企画の立案や複数の部局間での調整を担う。


役員会は理事の集まり。要は理事たちがどれだけ部局にリンクを持っているかが大事だと思います。つながりを持たず孤立していたらアウトです。部局から部局長会議に上がって来ないような意見をどう吸い上げるか。一つの手段として、僕は戦略調整会議を考えました。もちろんそれで十分だとは思っていません。体制の問題もあるかもしれませんが、やはり最終的には個々の執行役員がどれだけ多くの部局と話していくかが重要です。僕はプロボストになって、文系理系問わずいろいろな部局の人に会いました。プロボストはそういうポストなのです。

アメリカのスタンフォード大学で有名なプロボストのジョン・エチェメンディ氏(2000年9月から17年1月まで同大学の第12代副学長)に会いに行って、「日本ではじめてのプロボストになるのだが、どうしたらいいか」と聞いたところ、彼が言うには、「総合大学では、学部長は自分の管轄のことは知っているが、全体の事情に詳しいわけではない。本部で誰か一人は全体を把握しないといけない。それがプロボストだ」と。「何かを決めることよりも、学内で何が起こっているかすべて知っていることが条件だ」と言われました。すべてとまでは難しかったですが、そういう感覚は必要だと思います。

もちろん実現できるかは全学の議論しだいですが、声が寄せられたところからしか物事は動きません。今回の執行役員の先生方には、とにかくアンテナを張ってほしいとお願いするつもりです。



情報発信

ーー京大新聞として学生にアンケート(2020年7月16日号)をとったところ、学内の意思決定の過程が見えないという意見がありました。情報公開や透明性についてはいかがですか。



一つは、どういう形で情報公開するか、ツールの問題があります。たとえば今、新聞のようなもの(「Campus Life News」)が出ています。あれは適切なのか、別の媒体がありうるのか。技術的な要素もあると思いますが。部局長会議で伝わったと僕らは思っていても、最悪の場合、部局長から下に全く伝わっていないというケースもある。特に今回のコロナ禍では、部局長だけが分かっていても仕方ない。部局長から学科長、専攻長、教室、と何段階も並んでいるところにきちんと情報が流れてくれるかどうかは非常に大きくて、そこは部局でも対応が分かれています。部局長が分かっていれば済むような話と、現場の教員まで伝わっていなければ意味がないと案件もあって、そのあたりの区分けも考えないといけません。

学生の利害に絡む意思決定について、誰がどこでどう決めたのか分からないということであれば、言えることと言えないことがあるにせよ、決定プロセスは適切な媒体で出すべきだろうとは思います。最適な方法は、学生から意見をもらうなどして考えればいいでしょう。

広報体制

ーー総長から直接発信する機会は大事だと思うが、会見を積極的にやっていくなど、広報体制についてはどう考えておられますか。



僕は意外としゃべるのが好きなので、質問があれば受けます。非常に忙しいこともあって思い通りに行くかは別として、折を見て話をすることは全く抵抗はありません。漫然とではなく、今回はこういう内容をどうしても聞いておきたい、という提示があれば話しやすいですね。もちろん言える範囲内でですが、冒頭述べたように信頼して議論しないといけません。言葉尻をつかむための議論はどちらにとってもむなしいですからね。議論の中から何か生まれて、ひょっとしたらこの人は聞いてくれるかもしれないという信頼感がないと議論は意味がありません。そういう観点でいろいろ対応してくれれば僕も応じます。

こもらないように頑張って——京大生へ

ーー最後に京大生へメッセージをお願いします。



今こういう時期なので大変だけど、めげずに頑張れと。なんとかやり過ごして、内にこもらないように。いずれ必ず大学で自由にコミュニケーションできるようになりますから、とにかく当面は、あまり閉じこもらないで頑張ってほしいと思います。(了)

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