複眼時評

竹門康弘 防災研究所准教授「『新環境防災学』による防災と環境保全の両立へ」

2018.04.01

東日本大震災の復興では、社会のレジリエンス(復元性)を高めることが目標となり、国土強靭化計画の名の下、現在も多くの災害復旧工事や防潮堤工事が行われている。これらの防災事業の目的は、津波や洪水を防止することであり、災害復旧工事は原形復旧を原則としている。防災と環境保全の両立を目指す「環境防災学」においても、環境悪化をもたらす災害を防止することが目的とされている。竹林征三は、著書「環境防災学」の中で、「災害は最大の環境破壊である」と断じ、「防災は環境保全対策の最も重要な根幹をなす」とした。上記の国土強靭化、災害復旧、そして竹林の防災理念に共通しているのは、「現状を最善として守る」考え方である。

ここで、本当に災害は環境破壊なのだろうか?また、現状を守ることが最善なのだろうか?日本の自然環境はむしろ自然災害による撹乱によって形づくられているという認識に立つならば、撹乱を許容することこそ環境保全の最も重要な根幹ではないか?

河川に生息するカゲロウという水生昆虫の事例を見てみよう。カゲロウは石炭紀にゴンドワナ大陸で出現した最も原始的な昆虫類といわれている。しかも当時の化石をみると現在のカゲロウとほとんど同じ形態をしており、3億年前から姿を変えていないことがわかる。今西錦司の「棲み分け理論」によれば、カゲロウ幼虫の形態は河川の瀬から淵へ連続的に変化する流れ場に応じて進化したらしい。この考え方に従えば、カゲロウは3億年前から生息場を変えていないことになる。なぜか。その理由は、瀬と淵を単位とする河川地形が普遍であるからに他ならない。河川は増水すれば地形が変化する不安定な系である。昨日の瀬は今日の淵になる。けれど元の瀬が洪水で破壊されても近くに別の瀬が必ずできるという点では、河川は極めて安定した系と言える。

河川に生息するカゲロウの多くは「淵尻の瀬頭」と呼ばれる浅瀬で産卵する。ここは河川水が砂州に伏流する場所であり、河床に常に酸素を含んだ水が供給されるため、卵や幼生の生存率が高い。サケ、アユ、ゴリ(ヨシノボリ類)などの魚類も同じ淵尻の瀬頭で産卵する。最近の研究は、淵尻の瀬頭の地形条件は洪水時に形成され、時間とともに目詰まりを起こし劣化することがわかった。つまり、洪水が起きても瀬や淵が無くならないだけではなく、むしろ生息場の維持するためには洪水が必要なのである。昔から川漁師は、9月に洪水のあった翌年はアユが豊漁となることを知っていた。彼らは洪水の役割を経験的に理解していたのだ。

このような生態系における洪水の機能を踏まえると、「環境防災学」は、洪水を防ぐのではなく洪水が起きることを許容しこれを使いこなす技術を目指すべきである。この考え方に基づき、「環境の恩恵を持続的に享受するための防災学」を提唱したい。地震、火山噴火、津波、洪水、土石流などの自然異変(hazard)は、人の社会に災害(disaster)をもたらすが、実は人間にも多くの利益を生みだしてもいる。たとえば、河口デルタ,砂浜海岸、干潟などを形成する土砂は洪水や高波の力で運搬される。この運搬作用の利益は未だスポットライト脚光を浴びたことがないが、実は国土形成そのものの役割を果たしている。近年各地で深刻化している海岸浸食の問題に対する安上がりの一方策として,土石流,斜面崩壊,洪水,高潮,津波などの異変時にそのエネルギーを活用するのことが有効である。このような「自然異変利益」の考え方がは社会通念になっていないため、洪水を許容する社会基盤整備を実現するには未だ大きな壁がある。しかし、防災から減災の考え方へ早く転換するべきである。世界で起こりうるほぼ全ての自然異変が頻繁に起きる日本では、「現状を守るための防災」よりも「破壊を前提とした減災と復興」を目指す街や田畑が壊れても人が死なずに新しい暮らしを元気に始められることの方ほうが実際的である。

このような社会を構築するためには、自然異変を含めた環境の恩恵を持続的に享受するための「環境防災学」を推進する必要がある。大学の研究テーマに「自然異変利益の定量化」や「自然異変利益を活用する社会制度」などを取り上げたい。近年、EcoDRR(Ecosysystem-based Disaster Risk Reduction: 生態系に根ざした災害リスク管理)の考え方による、防災や減災の事業が計画されるようになった。干潟、砂丘、防風林などの空間で津波の力を減らす計画などは、新しい「環境防災学」の方向性と相入れるものであり、その発展が大いに期待される。

(たけもん・やすひろ 防災研究所准教授)