文化

〈映画評〉正気と狂気/苦悩と爆発 「ジョーカー」

2020.01.16

コメディアンになることを夢見る男アーサー・フレック(ホアキン・フェニックス)が、バットマンシリーズを代表するヴィランであるジョーカーとして覚醒するまでをオリジナルストーリーで描いた作品。「面白かった」の一言で終わってしまうような、言うなれば劇場で完結するアメリカン・コミックスの実写化映画(アメコミ作品)が多い中、本作は一味違う。

本作を見て感じたのは、非常に挑戦的であること。後のバットマンの誕生を感じさせる描写などはあるものの、バットマンシリーズのファンを意識しない、過去の映画シリーズに囚われない姿勢が印象的だった。加えて、ジョーカーへの変貌の瞬間を明確に決めきれないなど、すべてを描写しきらない、あえて曖昧にしている点にそれが見て取れる。また、監督のトッド・フィリップスは、反体制的立場の人物を描いたアメリカン・ニューシネマの作品群、特に巨匠マーティン・スコセッシによる『タクシードライバー』、『キング・オブ・コメディ』に影響を受けたと述べている。スコセッシは最近のマーベルの実写化作品を「映画ではない」と述べて物議を醸していたが、アメコミ作品にスコセッシ的アプローチで挑んだことが何より挑戦的だろう。ちなみに、スコセッシへのオマージュはロバート・デ・ニーロをキャスティングしたことにも表れていると感じた。

ジョーカーというキャラクターの魅力は、その得体の知れなさだと思う。実写版バットマンシリーズ・ノーラン三部作の『ダークナイト』におけるヒース・レジャーの怪演がその狂気性を体現したこともあり、改めてジョーカーを描くこと、ましてやそんなキャラのバックグラウンドを描くのは、個人的に非常にリスキーだと思っていた。そんな難題をホアキン・フェニックスは見事に攻略し、観るものを驚かせた。観客を同情という形で感情移入させたと思えば突き放す。正気と狂気の間を行き来する複雑な人間を演じ切った姿はまさにジョーカーそのものであった。(湊)

制作年:2019
製作国:アメリカ
原題:Joker
上映時間:122分
監督:トッド・フィリップス
映倫区分:R15+

関連記事