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遺骨の「管理と継承」求める 日本人類学会が京大に要望書

2019.10.01

京大が保有する各地の遺骨をめぐり、日本人類学会が7月20日、篠田謙一会長名義で京大総長宛に要望書を提出していたことが分かった。学会は、遺骨を「国民共有の文化財」だとし、今後も研究資料として利用できるよう京大に対応を求めている。琉球民族の遺骨返還を求める訴訟の原告らからは、抗議の声が上がっている。

京大総合博物館には、京都帝国大学の教員が北海道や沖縄、奄美などで、墓を掘り返し収集した遺骨が保管されている。琉球の遺骨に関しては、2017年に京大が26体を保管していることを明かし、琉球民族5名が昨年12月、返還と賠償を求めて訴訟を起こした。京大は、遺骨の収集に「違法性は全くない」と主張し、全面的に争う姿勢を示している。

今回、人類学会が出した要望書は、返還請求訴訟を意識したものとなっている。要望書で人類学会は、この訴訟について「将来の人類学研究に影響する問題として関心を持っている」と述べ、「人類学という学問の継承と発展のため」として人骨の管理・継承の原則を提示した。原則は、人骨について、▼国民共有の文化財として保存継承され研究に供与すること、▼保管機関は地方公共団体との協議により検討すること、▼地方公共団体への返還にあたっては研究資料としての保存継承と研究機会の継続的提供を合意に含めること、の3点を求める。ただし、アイヌ民族の人骨および祭祀継承者が存在する人骨は、この原則の適用外としている。人類学会は要望書で、原則が守られない場合「国内古人骨を扱った研究が著しく阻害されることを憂慮する」と述べ、「国民共有の文化財という認識に基づいた対応」を取るよう京大に求めた。

この要望書に対しては、琉球遺骨返還訴訟の原告の松島泰勝氏、亀谷正子氏、玉城毅氏が8月、それぞれ抗議文を発表した。松島氏は、要望書について、一方的に被告の立場に立った政治的関与だと批判し謝罪を求めるとともに、要望書発出に至る人類学会内での協議内容やアイヌ民族と同様の対応を取らない理由の開示を求めた。また、遺骨が「国民共有の文化財」と述べられている点について、日本による植民地支配や軍事基地の押し付けといった日本人と琉球民族との不平等な関係性が歴史的に存在すると述べ、「「国民共有」と言うときの「国民」の中に、琉球民族は他の都道府県民との対等な資格、同様な歴史的背景で含まれているとは言えない」と抗議した。亀谷氏は要望書の提出を「「学者研究ファースト」の傲慢さが見える」と批判し、玉城氏は訴訟で返還を求めている琉球の遺骨は「古人骨」として扱われるべきではないと指摘した。

松島氏は抗議書を郵送とメールで日本人類学会に送り9月20日までの回答を求めたが、9月30日現在返答はないという。本紙の取材に対し京大は、「要望書は受理しているが、今後の対応は未定」と回答した。要望書に対する抗議文については、「大学として認識していなかった」と答えた。

「返還訴訟原告は問題がある」組合との懇談で総長が発言

琉球遺骨返還訴訟を巡り、山極壽一総長は8月6日、職員組合中央執行委員長の駒込武・教育学研究科教授との懇談の中で、訴訟の原告を「問題のある人と承知している」と述べた。組合が機関紙上で懇談の記録を公にし、明らかになった。一方で総長は、「門前払いをした京大の対応にも問題があった」、「善処を考える」とも発言した。

懇談は組合と総長との間で定期的に行われているもので、双方の合意のもと録音がされていたという。懇談において駒込委員長が、琉球人骨問題への京大の対応のまずさを指摘したところ、総長が前述の通り発言した。この発言について広報課は、本紙の取材に対し、「内容は公表を前提としたものではない」として回答できないと述べている。

この発言について、琉球遺骨返還訴訟原告団長の松島氏は、8月31日に山極総長宛に抗議文を提出した。発言が「琉球人に対する差別発言である」と述べ、謝罪を求めた。松島氏は本紙の取材に対し、「総長が裁判に臨席することもなく、遺骨返還を求める声に真摯に向き合っていないことこそが問題」と話した。

解説

遺骨問題に対する京大の対応

アイヌ遺骨に関しては、京大が行った調査で87体が保管されていることが明らかになっており、アイヌ民族らから返還と謝罪が求められているが、京大は応じていない。アイヌ民族が北海道大などに対して遺骨返還を求める裁判を起こし和解によって返還を実現したことが背景となって、政府は2018年に返還に関わるガイドラインを策定した。ガイドラインによれば、大学が保管するアイヌ遺骨について出土地域が明らかなものについては、▼出土地域に居住するアイヌの人々を中心に構成された団体が返還を申請した場合、政府が適切と判断した団体には返還すること、▼返還を許可しなかった遺骨や申請のなかった遺骨は、慰霊施設に集約して保管し、アイヌの同意があれば研究に利用することを定めている。京大はこの政府方針に協力する意向で、アイヌ民族からの直接の要求に対する対応は拒み続けている。

奄美の遺骨について京大は、総合博物館での所蔵を認めているものの保管数を明かしていない。「京都大収蔵の遺骨返還を求める奄美三島連絡協議会」が、返還やそれに向けた話し合いを求めているが、京大は対応をしていない。

アイヌ遺骨との対応の違い

今回、日本人類学会が京大に提示した原則は、学会がアイヌ遺骨に関して示した見解と食い違う。人類学会は、北海道アイヌ協会、日本考古学協会との間に「これからのアイヌ人骨・副葬品に係る調査研究の在り方に関するラウンドテーブル」と題した協議の場を設け、2015年11月から16年9月にかけて合計9回話し合いを行った。ラウンドテーブルが17年4月に取りまとめた最終報告書では、これまでの対応の誤り・不足を認め、「アイヌの遺骨と副葬品の慰霊と返還の実現が第一義であり、研究に優先されることを十分に理解する必要がある」と述べている。つまり、人類学会として遺骨の返還を研究よりも優先する姿勢を公的に打ち出したのである。しかし、琉球遺骨返還訴訟を意識した今回の要望書では、研究資料としての管理・継承を前景化させ、返還を軽視するとも受け取れる見解を打ち出した。

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