表現としての立て看板 公開シンポ 「表現者と語り合う立て看板」(2018.05.16)

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5月1日より施行された「京都大学立看板規程」を巡り、4月30日に京都大学文学部第7講義室にてシンポジウムが開催された。シンポジウムには約100人が参加し、映画監督の瀬々敬久氏や美術作家の伊藤存氏が登壇したほか、参加者を交えた意見交換が行われた。

京都大学の卒業生でもある瀬々敬久氏は、映画部の活動として立て看板を作ってきた自身の経験を踏まえて、立て看板の存続に向けた思いを語った。瀬々氏はシンポジウムの中で「立て看板を通して人と人とがダイレクトにつながることができる」と強調する。立て看板が町と一体化し、身体的な動きの中で立て看板に出くわすことが重要だというのだ。twitterをはじめとしたSNSでは直接コミュニケーションをとるのが難しいという。

また、瀬々氏は現代の地方都市の風景が均一化していることに触れ、地方の状況について「『駅前通りのシャッター商店街』、『国道沿いのスーパーマーケット』のような差異のない風景は面白みがない」と指摘する。立て看板がある街にはその町の独特のドラマがあるといい、「立て看板は古臭く見えるかもしれないが、立て看板には立て看板の歴史があり、それを見ることでかつての風景が思い起こされる」と説明している。瀬々氏は「自由がなくなっている今、『タテカン問題』だけでなく広く様々な問題とリンクさせて考えたい」とまとめた。

美術作家で京都市立芸大教員でもある伊藤存氏は、美術作家と教員という2つの観点から立て看板について言及した。伊藤氏は作品と立て看板が同じ「表現」であることを述べ、「メディアとして情報を流すとしたらSNSでも発信出来るが、原始的な手段としての立て看板は面白い文化だ」と話す。「表現としての場所が奪われようとしていることに対して、1つの技術がなくなることへの怖さがある」と説明した。伊藤氏は教員の立場から、京都市立芸大の京都駅周辺への移転計画に関し、「より市民の目に触れる場所に移転すれば、視覚表現を担う京都市立芸大でも何があるかはわからない。今回の機会に様々な意見を聞きたい」と述べた。

その後の参加者との意見交換の場では、参加者から様々な意見が出た。京大に所属する男子学生は「学生や近隣住民だけでなく、卒業生などに動きを広めたい」と言い、近隣住民の女性は、「市民の声を集めて、世論を形成していくことが重要」と主張した。意見交換の場で瀬々氏は、「学内の問題にとどめず、景観も含めて市民の方を含めて考えていけたら」と述べた。

主催者は今後も継続してタテカン問題についてシンポジウムを開催するとしており、次回の開催は6月を予定しているという。(轟)

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