〈映画評〉異説の想像が未来を創造する 『映画ドラえもん のび太の月面探査記』(2019.03.16)

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「諸説あります」という注釈は科学現象や歴史の出来事の解説がテレビ番組や読み物でなされる場合によく見る言葉だが、そこで紹介されなかった「諸説」を意識したことがあるだろうか。もちろん未知の現象や未だ解き明かされない歴史は多々あるが、諸説は世間の常識により定説と異説に分類される。定説にはそれなりの妥当性があると思われているので「地球は自転しています(諸説あります)」という文を見れば、その諸説への配慮は要らないだろうと常識人は感じるはずだ。しかし、その定説をひっくり返してしまうひみつ道具が今回の映画の鍵である。異説をただの間違った説だと切り捨ててよいのか。異説を唱える人々に定説を唱えればそれでよいのか。異説と定説の世界を行き来するドラえもん達を観ながら考えた。

月にはウサギがいると信じていることをジャイアン達にバカにされたのび太は、ドラえもんにひみつ道具「異説クラブメンバーズバッジ」を出してもらう。このバッジをつけると、世の人々に信じられていた異説の世界に入ることができる。のび太は月には生き物が住めるという異説の世界にバッジで入り、ひみつ道具を使って月の裏側にウサギたちの王国を作りあげる。同じ頃、二学期の途中なのに転校生が学校のクラスにやってくる。月野ルカというその少年はのび太に近づき、ジャイアン達と一緒にウサギ王国についてきた。のび太は月面世界でトラブルに巻き込まれるがルカの不思議な力に救われる。そこで彼の正体は人間ではなく宇宙人だと明かされる。ルカとその仲間たちはカグヤ星の科学者によって生み出された、エーテルという超能力を操る11人だけの種族「エスパル」だったのだ。彼らは見た目が子どもながら千年ほど月の裏側で暮らしていた。月へ進出し始めた人間に正体を明かす準備として、彼は地球に転校生としてやってきていたのだ。バッジを使うまでもなく実は月には生き物が住んでいたのだ。

一方でカグヤ星人は千年前の伝説だと言われつつもエスパルを探していた。破壊兵器の使用が環境破壊を引き起こし、資源が貧しくなった彼らはエネルギーとしてエーテルを求めていたのだ。孤独な生活を続けていたルカはのび太達という初めての友達との出会いを喜んでいたのも束の間に、カグヤ星人に見つかり星に連れ戻されてしまう。ドラえもん達はカグヤ星まで追いかけてルカ達との再会を果たし、カグヤ星人の首領と対面する。彼の目的がカグヤ星の再生ではなかったことを暴くも全員捕らえられてしまう。

月に残ったしずかちゃんはひみつ道具によりのび太達のピンチを悟り、助けに行くことを決意する。そこで活躍したのがただ一匹だけ眼鏡をかけたウサギによる発明品である。異説の存在であるウサギの中の異端である眼鏡のウサギが、しずかちゃんのひらめきをきっかけに定説の世界のドラえもん達を救う。世界観をまたぐ想像力によって危機を乗り越える、なんとも爽快な瞬間である。

のび太達とルカ達そしてカグヤ星人が協力して首領を倒したあと、ルカ達を作った科学者が遺した発明により星の再生のきっかけが生まれる。自身が生まれた星で暮らす選択肢も与えられたが、ルカは月に戻ることを選んだ。そして月のウサギ王国の前で、とある異説の世界にバッジで入れてもらうようドラえもんに頼んだ。「エスパルとは伝説の存在で普通の人間である」というカグヤ星人の異説である。それは超能力を失い、永遠の命を失うことを意味した。ためらうのび太達に「限られた力だから頑張れる。限りある命だから素晴らしい。みんなに会えてそう思った」と説得した。彼らは自身の幸せのために異説の中で暮らすことを決めたのだ。地球に帰ったのび太達はバッジを隠してウサギ王国とルカ達を守ることを決めた。

常識にとらわれない想像力に出会えるのはSFの魅力の一つだと思っているが、今回のドラえもん映画で改めて想像力の可能性を感じられた。過去のドラえもん映画では月面以上に不思議な世界を冒険したこともあるが、その世界のルールに乗っ取ったり逆手に取ったりした行動が打開策に選ばれることが多い。別世界の空想の産物が今いる世界に介入する今回の展開は、異説と定説の垣根を越える想像力が未来を切り開くことを分かりやすく伝えてくれた。そしてルカが最終的に異説の世界を選んだことも今作のポイントだろう。事実を受け入れることは時に耐えがたく、立ち向かうにも勇気が要るのだ。

定説と異説を相対化あるいは融合する力は事実の軽視を招くおそれもある。情報化社会は様々な定説と異説を比較する機会を与えてくれたが、ポスト真実やファクトチェックという言葉が流行する負の側面も生み出した。「僕らの責任は想像力の中から始まる」というセリフが村上春樹『海辺のカフカ』にあるが、都合の良い事実しか信じない想像力からは責任は生じないのかもしれない。しかし、「想像力は未来だ!」とドラえもんが本作で叫んだように貧しい想像力に未来は描けない。そして、都合の悪い事実をも信じる想像力を持つための手がかりは、ルカがのび太との友情をきっかけに自らの超能力と永遠の寿命を手放したところにあるのではないか。(海)

監督:八鍬新之介
配給:東宝
上映時間:111分
公開:2019年3月1日

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