<書評>『中西悟堂 フクロウと雷』(2018.08.01)

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「日本野鳥の会」創始者に学ぶ
池の畔に広がる葦の茂み。その隙間を縫ってカイツブリがすいすいと泳ぎ、枯草や藻を敷き詰めて巣を作っている。葦に囲まれて安全だと思っているカイツブリは、実は一人の男からずっと観察されていることに気づいていなかった。それもそのはず、男は唐草模様の風呂敷をかぶって葦原にすっかり擬態していた。膝まで水に浸かることにも、蚊の襲撃を受けることにも構わず、じぃっと息を殺してカイツブリの営巣を観察し続ける。風呂敷には2カ所の穴が空いており、そこから外の様子を窺うことができた。途中、通りがかった釣り人が葦原に佇む謎の風呂敷に気づき、怪訝そうな眼を向けてきたが、しばらく経っても微動だにしないので、とうとう薄気味悪がって立ち去ってしまった。それを風呂敷の中から眺めて一人ほくそ笑む男――名は中西悟堂。明治28年の石川県金沢市に生まれた野鳥研究家で、数年後に「日本野鳥の会」を創立することになる人物だ。

『中西悟堂 フクロウと雷』には、悟堂と鳥たちをめぐる様々な珍エピソードが収録されている。滅多にお目にかかれない鳥の生態、昔の自然豊かだった日本の風景、そして悟堂と鳥たちとの心温まるやりとり。このような魅力を堪能できる一冊となっているのだが、正直にいって悟堂という人物をよく知るのに本書だけではとても足りない。

先に触れた野鳥の会の創立をはじめとし、後世に影響を与えた悟堂の行いは数知れない。たとえば彼は「『野鳥』という言葉を広め、『探鳥会』を初めて行ない、ヒートアイランド対策のための屋上樹林を考え出した。カスミ網の禁止、空気銃の追放などに尽力し、鳥獣保護法の基礎もつくった」――悟堂の評伝『野の鳥は野に』の文である。このように日本の野生動物行政、それと日本人の動物観に対し、並々ならぬ影響を与えた人物だったのだ。主として飼ったり狩ったりする対象だった鳥たちは、悟堂が世に広めた「野鳥」の概念や探鳥会、野鳥記などを通して、野生のままに観察したり守ったりする対象となっていった。

日本における自然保護の歴史に突風を吹かせた悟堂なのだが、世間に名を上げ始めた当時からどうも雲の上の人物として扱われるきらいがあったようで、現代では尚更その傾向が強まっていると思われる。しかしそれでは進歩がないので、せっかく悟堂について知るのであればなぜ彼が変革者たり得たのかを考え、倣えることなら倣いたい。たとえば、彼は科学者というよりもまず文化人あるいは哲人と呼ぶほうが相応しいように思うが、ここに偉業の礎を見いだせないか。というのも、彼の経歴を見てみると10歳の頃から寺に預けられ、住職の仕事や修行をこなしながらも短歌や詩を創って文学界に片足を置き、北原白秋や室生犀星などと親交を持っていたようなのだ。また30歳を迎えたのち、僧職を離れて米や火を断った木食生活を始めた彼は、森や川を家として常に生き物を間近で観察したり、インド哲学や西洋の自然観について書を読みふけったりする日々を3年半もの間送っている。
世の中を何か変えたいと思った時、どれだけ科学的にまっとうな論を振りかざそうとも、そこに理念や哲学が無ければ響かないし、さらに発信力がなくては広まらない。悟堂の場合、自然に関する科学的知見は当然持っていたし、くわえて東西の哲学や自然観に触れて深めた己の思想があり、また文学的素養や文化人たちへの人脈が発信力を助けた。こういった事々を兼ね備えてこそ、悟堂は変革者となれたのだろう。

「『日本野鳥の会』が国民的な文化運動を目指すものであるなら、一般の人々に訴える情緒が必要である。精神は科学によってではなく、気持ちから気持ちに伝わるものである。私は最後まで文学の立場で。科学ではない」――野鳥の会創立後に悟堂が新聞で語ったこの言葉には、若くから哲学や文学に親しんできた彼ならではの考えがよく表れているのではないか。

さて分かった風に分析を試みたところで何だが、悟堂の人柄や業績にはまだまだ探る余地があるはずだ。なにせ複雑な生い立ちの人物で、関わった事業も多岐にわたる。このような紙面の片隅だけで語り尽くせるはずもなく、だからこそ自筆他筆を問わず彼に関する本がたくさん出版されている。そしてこの悟堂ワールドの入門編といえるのが『中西悟堂 フクロウと雷』である。本書に収められている彼のおもしろ愛鳥エピソードに触れ、まずは気軽に親しみを深めてみてほしい。それでもし更なる興味を抱いてしまった読者がいれば、最後のページには親切にも読書案内が載っているので、これをしるべに中西悟堂という森のさらに奥深くまで分け入っていけるようになっている。(賀)

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