湯川秀樹 終戦記の日記公開 原爆研究への関与示す(2018.1.16)

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基礎物理学研究所・湯川記念館資料室は12月21日、湯川秀樹(1907~81)の日記に書かれた内容を公式ウェブサイト上で公開した。45年のアジア・太平洋戦争末期についての記述があり、原爆研究へ関与したことが示されている。
湯川の没後、遺族が1938~48年の研究日誌15冊を基礎物理学研究所に寄贈しており、45年の1~12月分のうちの3冊が公開された。湯川の書いた字が癖字であるため読みづらく、物理学者の小沼通二・慶應義塾大学名誉教授らが2016年から解読を進めており、解読が終了したため公開に至った。
アジア・太平洋戦争中、旧日本海軍は京都帝大の研究者に原爆開発の研究を依頼した。「F研究」と称されたこの研究には、当時京都帝大の教授だった湯川も関わっていたとされている。本人は、原爆研究への関与を公にしておらず、今回公開された日記から原爆研究への関与を裏付けられるかたちとなった。
湯川は1945年の1年間で計3回F研究について言及している。6月23日付の日記では、「F研究 第一回打合せ会 物理会議室にて」と記しており、研究の主導者である荒勝文策教授ら12名と会議をしたことがわかる。
そのほか、広島へ原爆が投下された翌日の8月7日には「広島の新型爆弾に関し、原子爆弾の解説を頼まれたが断る」と書いており、8月9日には、合国の発したポツダム宣言を正確に写し取っていた。また、昭和天皇が宣言受託を玉音放送で表明した8月15日には、「大東亜戦争は遂に終結」と書いており、9月6日には広島・長崎の原爆投下による被害者数を詳細に記している。
湯川とも交友のあった小沼教授は、湯川が戦争の話題に触れていることについて「太平洋戦争に強い関心を寄せていたのではないか」と語る。

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