〈書評〉藤原辰史『トラクターの世界史 人類の歴史を変えた「鉄の馬」たち』(2017.11.16)

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技術の多義性と向き合う

「トラクター」の「世界史」なんて! 本書の書名を目にした人は、まず驚きを隠せないのではないか。さらには副題に「人類の歴史を変えた」とまである。トラクターが実はそんな存在だったとは。
確かに、トラクターが歴史に登場するまで、私たち(の祖先)は広い広い田畑の土を鋤鍬のような道具を使いながら、あるいは牛馬の力をもって、少しずつ耕していたわけである。それならばトラクターという機械の登場は大きな変化といえるだろう。著者が言うように、手動から機械へというモータリゼーションは当然、自動車だけではなくトラクターにおいても起こっていたのである。実際、本書に登場するトラクター製造者には、フォード(米)、ポルシェ(独)、ランボルギーニ(伊)など、現在では自動車のブランドとして良く知られるものもある。このように自動車とトラクターとはある意味で親戚関係にあったわけだが、トラクターは自動車の日陰者に甘んじてきた。そんなトラクターに今回、光を当てたのである。

本書で著者は「トラクターの世界史」を単線的なモータリゼーションの発達史としては描かない。トラクターは、資本主義・社会主義・ファシズムそれぞれの国家の「豊かさ」や「平等性」という理想を託された存在だった。しかし、それと同時に、現実には様々な欠点や不具合が発見され、農民たちの反対や迷信に基づく恐怖、知識人の主義主張などと向き合わねばならないという、矛盾を体現する存在でもあったのだ。ところが、それでもトラクターは農民に普及していく。その根本には、単なる国家や大企業の思惑だけでなく、農民たちの快適な生活への夢や競争心、愛国心などがあった。だからこそ問題は複雑なのだと著者は説く。こうしたトラクターへの欲望や矛盾の諸相を、著者は、先行研究や史料から丁寧に発掘して読者に提示する。

このようなトラクターが持つ多義性が、本書を読む鍵だと思われる。確かにトラクターは農業をある意味では効率化し、農村に「夢」をもたらした。しかし、トラクター購入のための負債や化学肥料との抱き合わせにより、農民は新たな問題を抱えることになった。それは先進国だけでなく、現在もまだ、発展途上国の農民を苦しめていると著者は指摘する。また、トラクターのキャタピラは戦車のキャタピラとなり、トラクターの操縦者は戦場で機械を操作し、トラクター自体は戦争へ行った農民兵士の代わりとなったという。人に糧を与えて生かすはずの農業と、人を無慈悲に殺す戦争は、実は「トラクター」を介してみれば隣り合わせなのかもしれない。

技術は単なるロマン以上のものである。誰が、何のために、どのように使うのか。その結果、何が起きるのか……。常にそのような問いに晒され続けなければ、人々は思わぬところで、技術に足を掬われてしまうのではないか。日本、そして京大でも軍学共同が取り沙汰される今、私たちと技術との関係を足下の「土」から考えるために、本書はぜひ読まれなければならない一冊だと思う。(穣)

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