〈書評〉『寺田寅彦随筆選集』より 「化物の進化」 増え続ける化物(2017.07.16)

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「やまびこ」や「かまいたち」など、かつては「化物」のせいだとされていた不思議な自然現象は、今では科学的説明がされ化物の存在は迷信として片づけられている。「化物の進化」は優れた科学者でもあった寺田が、科学的思考が浸透し化物の存在が失われつつあった昭和初期ころ、改めてその存在意義とその価値について述べた文章である。
 
寺田は、科学とはかつての「化物」が名前を変えたものに過ぎないという。例えば梅雨時に多い雷について。昔の人はこれを虎の毛皮の褌を付けた鬼の悪戯だと説明したが、現代では雲の中で、原子がプラスの電気を帯びたものとマイナスの電気を帯びたものに分かれる電荷分離が原因だとわかっている。今日ではすっかり常識として定着している知識だが、実は電荷分離がどうして起きるのか、今でも細かい仕組みはわかっていない。それでも私たちは、雷という自然現象を、雲の中の静電気のためと理由づけて理解した気になっている。化物の存在を信じていた昔の人も、実際に化物を目にしたわけではないだろう。それと同様に、私たちは雲の中で電荷が動くのを実際に目にしたわけではない。ましてやこの文章が書かれた当時は、電子や分子の存在は今より更に謎に包まれていた。正体がはっきりしないものによって不可解な現象に説明をつけようとする点では科学も化物も同じで、寺田に言わせると分子や原子は現代における化物なのだ。
 
本来、科学の役割は、化物が関わる不思議な出来事を迷信として片づけることではなく、むしろ化物を探し出すことにあるのだと寺田はいう。あらゆる現象に科学的な説明をしたところで、その不思議さは減るどころかますます増えていくはずである。それを「科学的な思考」の名のもとに、きわめてわかりきった平凡なことのように教え、不思議だと思う気持ちを潰してしまうことは、かえって科学に対する興味を失わせることになるのではないかと、寺田は当時の科学教育を危惧していた。
 
当時に比べ科学はますます進歩し、かつて謎に包まれていた様々なことの解明が進んでいる。しかし、遺伝子の正体がわかっても、遠い宇宙まで人工衛星を飛ばすことができても、その不思議さは少しも減らないのだということを私たちもまた、忘れてはならない。化物の存在を認めること、即ちわからないことを不思議だと思い続けることこそ、科学の進歩の原動力となるのだから。「化物の進化」が発表されてから88年、これからも化物は世界中に跋扈し続けるのだろう。 (恭)

著:寺田寅彦
初版:2012年8月25日
中央公論新社
533円+税

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