多賀茂 人間・環境学研究科教授「うらやましいフランス―日本にないいくつかの『まともな』制度」(2017.07.16)

Filed under: 複眼時評
????????????????????
10年以上前からフランス語の中級の授業で、フランスの新聞「ル・モンド」を、リアル・タイムで読む試みをしている。授業の直近の週に出た記事のうちからひとつを選んで、1年間(たった!)フランス語を学んだ学生たちと一緒にそれに取り組む。日本中でこんな授業をやっているところは他にそうはないはずだ。相当の理解力と対応力と世界情勢への関心を持っている京大生が相手だからできる試みである。毎学期受け入れ可能上限にあたる50名の学生が登録してくれ、そのうちの8~9割ぐらいのひとが最後までついてくる。毎回数人の学生に自分の力で翻訳し次回に発表する「担当」が与えられ、また毎回すべての学生に記事からの抜粋を翻訳して提出する「課題」が与えられる。授業をする私の方も多くの時間と労力をさいているが、受講者の方にもかなりの負担が求められる。まさに「京大の宝は、毎年入学してくる目を輝かせた学生たち」である(だからこそ、全学共通教育は京大の最重要課題なのである!)。
 
ただこの授業をやっていると、時々無性に残念な思いをすることがある――なんと私たちの国の情けないことか、と……。ル・モンド紙を読んでいると、フランスの政治的矛盾や経済的問題などを実感することも多い。しかし、時々私は無性にフランスがうらやましく思えるのである。以下にその例をふたつだけ挙げてみたい。
 
まず、ちょうど今週の授業で取り上げた話題から。フランスの原子力行政は、地震や津波の危険性がきわめて低いため、単純に日本との比較はできないが、原子力発電そのものについては同様の危機管理が必要であろう。ところがその管理の仕方において、日本とフランスでは大きな違いがある。「原子力安全局 Autorite de securite nu‐cleaire」というフランスの組織は、大統領と元老院・国民議会議長により直接任命される5人の委員をトップに置き、原子力行政に対して「完全に」独立した組織である。ル・モンド紙でも、はっきりと「autorite inde‐pendante(独立した部局/権威)」と書かれていた。どうやらこの組織は、原子力発電を司るいくつかの省庁から何の影響も受けずに、検査・判定を行うことができるようなのだ。前局長のラコスト氏などは、大統領さえ恐れる人物と言われていた。もちろん日本にも「原子力規制委員会」という一見同じような組織があり、一応は行政から独立している組織(いわゆる三条委員会)なのだが、問題はその「下」にある「原子力規制庁」である。詳しくは書かないが、その内訳たるや経済産業省の出先機関に過ぎない。「正論」は表向き「委員会」に言わせておき、実際は「庁」の方が適当にすりあわせる。「独立した」という言葉の意味などどうでも良いと言わんばかりの、「表」と「裏」を使い分ける二重制度なのだ。
 
こうした例は他にも色々あるが、紙面の関係で、もう一つのそして最も重要な例だけを挙げておきたい。
 
昨年から今年にかけてフランスでは、大きな政治的変動があった。大統領選挙が行われ、予想外の経過を経て(右派でのフィヨン氏の勝利、さらにそのフィヨン氏の架空雇用事件による信頼失墜など)マクロン大統領が誕生し、ついで(日本の衆議院にあたる)国民議会選挙で、そのマクロン氏が率いる新しい党「共和国前進」が大勝、絶対過半数を獲得した。大統領制度も国民議会の選挙制度も日本にはないものだが、私がうらやましく思うのはそれらではない。こうした大きな変動を見ながら、誰でも思わないだろうか?こんなに急激に変化して大丈夫なのか? 今まで存在しなかった党が、突然絶対過半数を得てしまって大丈夫なのか? ところが大丈夫なのだ。なぜならフランスには、もう一つの議会、元老院があるからである。そう私が最もうらやましく思うフランスの制度はこの元老院である。名前はSenat。古代ローマからその名を継承する由緒ある制度である。歴史を見てきた年長者(これがSenatの語源である)の権威(権威とは創設に関わった者たちが持つものだと言ったのは、アーレントである)が発揮される場所という意味であるが、現在のフランスの元老院は、地方議員が大半(98パーセント)を占める選挙人による間接選挙で選ばれ、いわば地方の意見・利益を代表する役割を担っている。とはいえ、6年(以前は9年)という任期の長さや、元老院議長が大統領に次ぐ国家的地位を与えられているということから想像できるように、民意をそのまま反映する国民議会とは異なり、時流に流されない「大人」の判断をするのが元老院の役割である。民主主義体制にとって二院制度が重要な意味を持っていることは、中学や高校でも教えられていることだろうが、その二つの議院の代表システムが大きく異なっていないと意味がない。で、日本の参議院はどうか? 衆議院とどんな違いがあるのか? 法案を審議するにしても、同じような審議を2回しているだけ、選出されている議員もたまたまどちらかに振り分けられただけのような感じ、抑制力も単に権利上のもの、衆議院と参議院を同じ党が多数を占めてしまえば、ほとんどやりたい放題になってしまう。「別の意見」があることの政治的意味が、日本では政治制度に活かされていない。個々の事案に反対するだけではすまない。参議院の選挙制度改変がなされない限り、日本は決して良くならないだろう。

トップページお問い合わせサイトポリシー著作権について個人情報の取り扱いについて
京都大学新聞社 〒606-8317 京都市左京区吉田本町 京都大学構内 TEL:075-761-2054(直通) 075-753-7531(内線2571) FAX:075-761-6095