<書評>『キリスト教の精髄』を読む(2017.09.16)

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ドイツ留学中に通っていたプロテスタント教会の友人が勧めてくれたのが本書である。『ナルニア国ものがたり』シリーズを手掛けたC・S・ ルイス が、英文学者・神学者としての立場からキリスト教の根底にある価値観を解釈したものだ。第二次世界大戦中に放送されたBBCのラジオトークをもとに編集された本書には、信者ではない読者にも理解しやすいよう、小説らしい寓話を用いた論理が丁寧に敷き詰められている。

正と不正のルール

キリスト教の説明の前に、著者は宗教一般の説明から始める。そもそも何が正しい行いなのかを判断する際に人々の間で意見が対立するが、この対立こそ、誰もが正と不正の道徳の存在を認識しているということを証明する。著者は若かりし頃、不正が支配する世界に絶望したと言うが、この絶望こそが正しさや道徳を求めている証拠だったということだ。
この正しさが希求された結果として、あらゆる宗教の神は絶対善である。一方人間は、悪にまみれて誤った判断をしてしまいがちであり、善を求めるも、悪であるがゆえに善にはなれないというパラドックスが生まれると本書は述べている。

正と不正のルール

キリスト教では、このパラドックスを解決するために神が自身の化身を人間界に送り、人間を正しく導こうとしたと考える。曰く、神は自身の「息子」を人間界に送り、人間としての死を経験させることで人間の罪を代弁させた。神から無償の愛を受けている人間はこうして赦され、新しい生が与えられて「神の子」として永遠に生き続けることができる、とするのがキリスト教の教えだ。
しかし、このような救世主のストーリーがあった後にも、現に人間は罪を犯し続けている。戦争や飢餓も、本書が出版されてから60年以上経た今日においても問題となっている。ルイスはこれを、国家を仕切る政治家や個人の問題だと捉える。
例えば傲慢さという罪だ。傲慢さは悪魔をも作り出すと著者はいう。 曰く、神の偉大さやその無償の愛が目に入らない者には、「(神と)比べれば自分は無に等しいと考えない限り」神を知ることができない。つまり謙虚さを失い自分のちっぽけさも知らず、虚栄心や競争心に駆られることで、隣人を愛することができず、また自分自身を愛することもできなくなるのだ。

愛とは

しかし愛するとはいかなることか。本書では、他者の身のためを案じることが愛だとした。教えの一つである「汝隣人を愛せよ」とは、感情の有り様とはまったく関係なく、要は隣人のためになるように願うことだという。
著者は愛することに関連して結婚について述べている。結婚とは単なる恋愛感情に基づいたものではない。パートナーと共に絆を作るという、契約を守る問題と密接に関わっている。始まりが単発的・情熱的な感情だとしても、愛とは静かで長い気遣いであり、より深い関係を築くことだという。

二度の大戦を通じて見たもの

第一次世界大戦中イギリス軍に従軍した著者がこの一連の話をラジオで話したとき、イギリスは第二次世界大戦の真只中でドイツ軍の空襲に見舞われており、視聴者は混乱の時代を生きていた。しかし著者は決して物知りの説教としてではなく、駆けだしのキリスト教徒として親しみを込めて語りかけた。そして課題が一人一人の心のなかにあることを訴え、自分自身と向き合うことを強く勧めた。
本著はキリスト教の宗派には特に言及せず、信者ではない者にもシンプルに語りかける。時代は違っていても、混沌とした情勢を生きる人、あるいはうまくいかない人生に絶望している人は現に多くいるだろう。若い頃の著者のように、世の中のあまりの不正の多さに絶望した時には、自分自身を見つめ直す機会としてこの本を読むことをお勧めする。(束)

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