[京大あれこれ]大正期の面影そのままに 文学部陳列館(2017.06.01)

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総合博物館の裏手を走る細い道に入り込んでいくと、意外なものを建物の陰に見つけることとなる。ひどく年季の入った石造りの大きな棺が数点、そして瓦を幾重にも積んだ壁のような構造物。これらの傍らには説明を書いた札が立っている。何でも、棺のうち最も大きいのは「舟形石棺」といい、京都の八幡茶臼山古墳から出土したものだという。他方、瓦の壁らしきものの正体は飛鳥時代に北白川にあった寺院の土台の一部だそうだ。しかし、なぜこのような歴史資料が何の前触れもなく置かれているのか。関係がありそうなのは、これら遺物のすぐ後ろに居を構えている「文学部陳列館」だ。

総合博物館の東側にあるこの建物は、煉瓦造の2階建てで、壁はモルタルが塗られて茶色がかった灰色。楕円形の窓やアーチ形の装飾を持ち、窓枠や扉などは若草色だ。細かな意匠は華美だが、全体としては優美にまとまった建物である。

学術標本を収蔵・管理する目的で1914年に建てられ、23年から29年の間に3度の増築を経て全館が完成した。考古学や地理学の貴重な資料を収容し、研究・教育活動にも利用された。

しかし、早くから資料が増えすぎて収容するスペースが不足していた。55年に、陳列館は文学部博物館と改称され、老朽化への懸念から改修工事が進められた。そして86年には新館が完成した。以後、博物館としての機能は新館に移る。旧館は取り壊される予定だったが、予算の都合で新館の規模が縮小され、旧館の南側と東側の建物、すなわち現存する建物(現在の文学部陳列館)だけが残った。ちなみに、この新館とは今の総合博物館の文化系展示場にあたる。

1998年には京都大学の博物館の歴史を象徴すること、大正建築の特徴などが認められ、文学部陳列館は登録有形文化財となった。現在、耐震工事を終えた陳列館には教員研究室、演習室、収蔵施設などが残っており、演習室では今も講義や演習が行われている。収蔵施設の資料は陳列されていないが、研究に利用されている。

文学部によると、陳列館の周りに並べられているさまざまな遺物は、新館ができた当時、これらを新館に移動させるのが困難だったためにそのまま残されたのだという。(歩)

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