中溝和弥 アジア・アフリカ地域研究研究科教授「インドの学生生活」(2017.06.01)

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インド研究を始めてそろそろ四半世紀になる。短期間の調査を除けば合計で6年間インドに滞在したが、なかでも印象深かったのが大学での学生生活である。今日は皆さんにとってあまり馴染みがないであろうインドの学生生活、とりわけ寮生活について書いてみたい。

私がインドの首都デリーにあるジャワハルラール・ネルー大学(以下、ネルー大学)に留学したのは、2001年から2005年にかけてである。ネルー大学はインド独立運動の指導者で初代首相を務めたネルー首相からその名前を取っており、主に人文・社会科学系で顕著な業績を生み出してきた。基本的に大学院大学であり、学生は大学構内にある寮に、教員も構内に用意されている住宅に居住している。外国人留学生もインド人学生と共に生活し勉学すべきという理念から留学生用の寮は存在せず、私もインド人学生と同じ寮で生活した。

ネルー大学の敷地は広大で、イメージとしては、広大な森のなかにキャンパスが存在する風情である。私が住んでいた寮は、正門から一番奥に位置していたため、寮に近づくにつれ人影が消え、夜間などは不安がるオート・リキシャー(三輪タクシー)の運転手をなだめるのに必死だった。キャンパス内には種々様々な動物が生息しており、日本で見たこともない巨大な牛(ニルガイ)が夜中に徘徊し、クジャクの鳴き声が夕方には響き渡っていた。ある朝など寮の中庭でクジャクが飛んでおり、「クジャクは飛ぶ」ということを改めて認識した。危険な動物もおり、私の指導教員の飼い犬はコブラに噛まれて死亡した。先生によれば、家族を守るためにコブラに立ち向かったようである。

このような豊かな自然のなかで、学生と教員は共に学んでいた。なかでも面白いと思ったのが、夕食が終わってから寮で開催されるセミナーである。これは各寮の自治会が企画する催しで、特定のテーマに関して教員に話をしてもらい、その後、学生と討論するというものであった。9時頃から始まり時として夜中の1時まで続くが、これは学生も教員もキャンパス内に住んでいるから可能になる話である。ネルー大学の教員はインドを代表する学者であることがしばしばであり、かなり豪華な顔ぶれが揃っていた。学生も、自由闊達に議論していた。

学生の政治に対する関心も高かった。学生運動も活発で、とりわけ自治会選挙は盛り上がった。なかでも興味深かったのは、各種学生団体が政党と直結していることである。すなわち政党の下部組織として学生団体が存在し、自治会選挙はいわば政党間の対決として争われる。ネルー大学学生自治会長は重要なポストで、会長経験者が実際の選挙で党公認候補として出馬し、国会議員として活躍する事例も存在する。そのため、政治的野心のある学生にとって、自治会選挙は登竜門としての役割を担っていた。

自治会選挙の選挙戦は激しく、選挙期間になると各団体の活動家が寮の部屋を頻繁に訪れてくる。主な対立軸はイデオロギー対立であり、時々の政治情勢を踏まえながら、右翼系と左翼系の団体が激しく競っていた。候補者の公開討論会もあり、これがまた夜中の1時頃まで続くのであるが、一種のお祭りのような感じであった。私が参加した討論会で一つ印象に残ったのが、インド独立運動の父、ガーンディーの扱いであった。ある候補者が、左翼系団体の候補者に「ガーンディーをどう評価するか」と質問した。非暴力闘争を掲げたガーンディーは、イデオロギー的には中道であったために、左右両陣営から攻撃された。最終的には右翼によって暗殺されるが、左翼からも批判された。左翼陣営の候補者は、「ガーンディーは民衆を裏切った」と回答したが、これはいわば予期された回答であり、質問者の狙い通りだった。演説を聴いていた学生からは、「ガーンディーを裏切り者呼ばわりするのか!」という声が上がり騒然となったが、予定調和的な反応であることは否めなかった。私にとっては、ガーンディーが現在においてこのような形で話題に出される事が興味深かった。

以上は一つの例であるが、私が滞在していた時分は、左翼であれ、右翼であれ、お互い同意はしないものの、議論は自由に戦わせていたように思う。夕食の時に両者の間で激論となり、両者に挟まれた私は夕食が終わってもなかなか部屋に戻れなかったことを思い出す。ただ、近年、この自由な雰囲気が大きく変わり始めた。政府が大学自治に直接介入し始めたからである。2016年初頭に、現在のヒンドゥー右翼政権は、ある学生集会を非国民的であるとし、学生を煽動罪で検挙し逮捕した。近年では、例のない事である。学生を支持した教員も様々な形で政府から圧力を受け、自由な言論が抑圧されている。現在の世界では、民主的に選ばれた政府が自由を弾圧するという事態が頻発しているが、インドもこの状況に直面している。インド研究者として何ができるのか、考えているところである。

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