〈書評〉煙草おもしろ意外史 煙草の豊かさを見直す(2017.05.01)

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日本嗜好品アカデミー編『煙草おもしろ意外史』はいささか煙草称賛一辺倒なところはあるが、愛煙家にとっても煙草が嫌いな人にとっても興味深い内容だ。煙草は現代では嫌われ者だが、本当に「百害あって一利なし」ならばなぜ何百年間もの間愛されてきたのか。長い歴史に培われた生活文化としての煙草の歩みを振り返りながら、現状の状況を考察する書である。

第一章では、「神との出会い―神話・伝説のたばこ」と称して煙草の古のルーツを探る。アメリカ先住民たちは、自生していたタバコの葉を人類で初めて吸った。語り継がれた神話や伝説によって、有史以前の先住民の生活を紐解くことができる。レヴィ=ストロースによると、カリリ族の神話では煙草をお供え物にすることで楽園から追われてもなお天から完全に見放されたわけではないことが保証され、ボロロ族の神話では男たちは煙草をお供えすることを拒んだので、真の人間であることができなくなったという。これらの神話から、煙草は天上と地上を結ぶ仲立ちと考えられていたことがわかる。また、煙草は「聖なる草」として呪術的力を持つとされた。先住民にとっては、煙草につける火は不浄な物を浄化し、立ち上る煙を天空に住む精霊や神々が喜んで吸ってくれるように思われたからだ。煙草は神と出会い、祈りを捧げて苦しみや悩みを癒すために欠かせぬ小道具となり、医療や祝い事の儀式など特別な機会に用いられるようになった。

第二章「他者との出会い―たばこは世界をめぐる」では、煙草の伝播と喫煙への抑圧の歴史が述べられる。アメリカ先住民が育てた煙草文化は入植者に伝わり、ヨーロッパ大陸からアジアやアフリカへとわたった。最初は庭園に植えられたり、医療に使われたりしたが、やがて社交の場で用いられるようになる。一方で、イギリスのジェームズ一世が『煙草排撃論』で喫煙を未開人の野蛮な風習として批判したように、煙草が先住民の精神生活と結びついた心の糧であると理解できずにひたすら悪習として嫌う風潮も強かった。しかし、庶民から煙草の楽しみを奪うことはできなかった。十七世紀半ばからはコーヒー・ハウスが盛んになり、人々は煙草をふかしながら文学や政治を語った。三十年戦争を機に煙草はいよいよ各地へ広まるが、ペルシャでも、トルコでも、ロシアでも弾圧された。それでもフランスではモリエールが『ドン・ジュアン』の中で「アリストテレスがなんと言おうと、哲学が束になってかかってこようと、煙草にまさるものはあるまい。紳士方が夢中になるのもこいつだし、煙草なしに暮らす輩なんか、生きる甲斐もないくらいさ」と役者に言わせるほど、喫煙の風習は根付いた。日本でも「南蛮人」によって煙草がもたらされ、「かぶき者」によって楽しまれ、江戸時代には度々禁煙令が出されたが、やはり煙草はお上の目を盗んで楽しまれ続けた。「一服」という日本語は「茶やたばこを一回のむ」ことを意味したが、やがて「一休みする」という意味をも持った。特に江戸時代に楽しまれた刻み煙草はキセルの雁首をポンとたたく一連の操作が気分転換となったのだった。そうした「生きのいい」ふるまいは九鬼周造がいうように「粋」に通じるものであり、行動の美学だったという。

第三章では近代の社会と嗜好品の成立について触れ、第四章では「たばこ迫害にみる時代風潮―大人になれない大人たちの氾濫」と題して近ごろの喫煙事情が語られている。現代では健康の基準が社会化し、保健機関や医療機関の数値に頼っており、その背景には個々人の体をも規格化する産業社会の成立があると筆者は指摘している。健康とは人それぞれではないのかと筆者は問いかける。また、煙草が忌み嫌われる背後には、科学信仰や精神の空洞化、感情問題もあるという。無作法でけじめのない喫煙者のふるまいが、煙草を吸わない人の感情を逆なでしている。そういったふるまいは、都市化によって「お互い様」という意識が薄れ「他者への迷惑鈍感と自分の蒙る迷惑過敏」が増長しているために起こるという。そんな自己中心的な人々を、筆者は「大人になれない大人たち」と呼ぶ。

第五章では、「大人になれない大人たち」に対して、本来あるべき嗜好品の楽しみ方が提示される。嗜好品の「嗜」はたしなみを表し、「年老いてうま味がわかるようになる」という意味がこめられている。修養や教養、品位や節度、社会上の心得が必要なのである。嗜好品は社会的コミュニケーションの重要なツールなのだと筆者は説く。また、嗜好品は本来過程を楽しむもののはずなのに、効率化の波に押され、紙巻たばこのような、簡便で手っ取り早いものが好まれるようになり、結果的に嗜好品が日常化して本来の豊かな意味を失い、マナーの悪さを招いているという。

本書で煙草の豊かさを見直すことで、好きか嫌いかという感情論を越えて煙草の本当の価値を考えられるようになると思う。

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