菅康弘 国際高等教育院非常勤講師 「微妙な相克 ― 電車内から」(2017.06.16)

Filed under: 複眼時評
????????????????????
電車内、人の行動はさまざまである。そして車内での行動への語り、特に迷惑行為にはネット上でもなかなか喧しい。電鉄会社も躍起になって啓発のポスターを掲示し車内アナウンスもしつこい。

しかし中にはビミョーな行為もある。都市論の講義でときおり学生に「電車内での化粧は気になるか?」という質問をするが、気になる、気にならないはいつも半々である。確かに、強烈な香水など直接的な迷惑を除くと、賛否が半々になっても不思議ではない。ちなみに私は、「ビフォアー・アフターがみられて勉強になる」と口を滑らせてしまい、女子学生から顰蹙をかったことがある……。

他にもビミョーな行為に車内での食事がある。もちろん臭いがする食材なら完全なアウト!だが、これまたグレーゾーンである。先日通勤途上でみた光景だが、席は二名ずつ向かい合わせのボックスシートに座ったある男性が鞄からおにぎりとお茶を取り出し朝食?をとり始めたところ、先に向かいに座っていた同業者と思えるおじさんが露骨に顔をしかめ、とうとう別の席に移動してしまった。

もちろん臭いがする食事でもなく(私の鼻が鈍いかも……)、席の座り方など他に目につくような行為はなかった。「神経質な人やなぁ」と感じたが、公共空間でのいわゆる迷惑行為には「迷惑」以外の側面があり、この点が喧しい語りの応酬になっていると改めて感じた。

マナー違反とされる行為には2つの側面がある。それは、「迷惑」という認識と「美意識」である。このうち厄介なのは「美意識」の方である。ある有名俳優Tは食事の姿を絶対に他人に見せないと聞いたことがある。おそらく彼にとり食事をみられるということは、セックスや排泄をみられることと同じなのだろう。恐ろしいくらいの美意識ともいえるし、恐ろしいくらいのナルシストともいえる。

ただ、こうした極端な人物を引き合いに出すまでもなく、車内で食事をし始めた男性を嫌い移動した教員?は、迷惑というより彼の美意識にもとづく行動だろう。もちろん彼の選択にどうこう言うつもりはない。ただ、往々にしてマナーが喧しく語られるとき、美意識の問題が感じられてしまうと、少々辟易する点もある。「美意識は見知らぬ他者に要求されるものなのだろうか」という疑問である(むろん当の教員?は要求したわけではないが……)。

迷惑は、見知らぬ他者であろうがミウチ・知り合いであろうが、明確に指摘すべき次元である。しかし、美意識はあくまで家族や弟子といったミウチに語るのが基本で、ストレンジャーに要求するものではないだろう。以前勤務先の最寄り駅で、描写するのがためらわれるくらい濃厚にいちゃついている高校生カップルに「正義感にかられた」おじさんが声高に注意している場面をみても思った。

確かに美意識は、「昔に比べ今の連中は〜」とか「人間の矜恃として〜」といった形で、ストレンジャー・ミウチ問わず一般的な語り口がされるが、それでもその語りは一般論のレベルに止めるべきであり、仮に直接語るにしてもそれはネイティブの世界に限定されるべきだろう。そうでないと、都市の都市たる側面を侵犯するからだ。

都市空間の論理と市民社会道徳とはときおり衝突する。一昨年の忘年会シーズンの終電でのことだが、横に寝ていた若者をふとみると、ジーンズの前ファスナーが開いたままだった……。教えるべきか無視するか、ちょっと戸惑った。このときは肘で軽く突いて起こし用件を書いた紙片を見せ教えてあげた。悩んだ末の苦肉の策であった。

一般的な道徳、「親切」という観点なら教えてあげるのが当然である。しかし都市には、他者との直接の相互作用(会話や視線の交差など)を制限し、異質なストレンジャーが高密度に集積する空間に一定の〈秩序〉を与える不関与の規範というものがあり、さらにはこの事例の場合、声に出して教えるという行為は彼のメンツにもかかわってしまう。私の戸惑いは2つの次元のせめぎ合いの結果であった。

近代都市は近代社会が育んできた空間だが、ときに2つは微妙に相克する。こと公共空間におけるマナーの場合、それは見知らぬ者たちの世界の生活実践の論理と、見知った者同士の世界の倫理のぶつかり合いになる。「親切」にしろ、「教育・指導」にしろ、市民社会の道徳もときに都市的規範とは矛盾をきたす場面もある。こうした相反するベクトルの併存こそがまさに「都市の多様性」の一面なのだが、公式的に優位にたつ市民社会道徳が都市の論理に過剰に介入することもあるのも事実である。

以上は思いっきり私見である。そしてマナーを指摘された者が「あんたには関係ないやろ!」と毒づくことと何ら変わりはない。ただ、文化や社会が最もよく垣間見えるのは、誰もが手放しで認める領域でもなく、誰もが眉をしかめる領域もない、ビミョーなグレーゾーンである点は銘記しておいていいかもしれない。

(すが・やすひろ 国際高等教育院非常勤講師。専門は社会学)

トップページお問い合わせサイトポリシー著作権について個人情報の取り扱いについて
京都大学新聞社 〒606-8317 京都市左京区吉田本町 京都大学構内 TEL:075-761-2054(直通) 075-753-7531(内線2571) FAX:075-761-6095