春の日に読みたい恋の問答歌 穂村弘×東直子『回転ドアは、順番に』(2017.05.01)

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「遠くから来る自転車をさがしてた 春の陽、瞳、まぶしい、どなた(東直子)」この一首に始まり、この一首に終わる恋愛問答歌『回転ドアは、順番に』。穂村氏と東氏のメールのやり取りから生まれたこの作品は、両氏が交互に詠んだ短歌と間に収められた散文から成る、ある男女の出会いから別れまでを描いた恋の記録である。そこにある歌は、時にぎこちなく想いを詠い、時にのんびりと日常を愉しみ、時に激しい感情を吐き出している。あらすじの紹介がてら、物語中の歌の一部を取り上げてみよう。

最初は二人の出会いの章。ここに収められた一首「海で洗ったひまわりを贈る 未発見ビタミン的な笑顔の人に(穂村弘)」の色彩感は抜群で、たった一行の中に青、黄、緑などさまざまな色を感じさせる。「未発見ビタミン的」という比喩のもつ不思議な清涼感も相まって、爽やかな初夏の空気を強く感じさせる秀歌だ。

 

「いつのまに消火器にガム張りつけて青空くさいキスのはじまり(穂村弘)」の歌に始まるのは、夏真っ盛り、初めてのデート。食堂でサイダーを頼んだり、昼寝をしたり、海で泳いだり。デートは夜まで続く。はかない言葉を交わし、あてもなく歩き過ごして朝を迎え、始発電車に揺られて帰る。「水を飲むあなたの咽喉が動くのを見ていた朝が焼けついていた(東直子)」は、電車の窓から差し込む朝焼けの白くまっすぐな光と、逆光で暗く見える咽喉の動きの対比が見事な一首。「水」という詞が全体を引き締め、涼やかな印象を与えている。

頁をめくれば「ゆびさきの温みを添えて渡す鍵そのぎざぎざのひとつひとつに(東直子)」の歌が。ここは二人が同棲を始め、初めて体を重ねる場面。散文を極力おさえ歌のみを淡々と並べることで、より体感的な鑑賞が可能になっている。

「くちびるでなぞる形のあたたかさ闇へと水が落ちてゆく音(東直子)」

「回転木馬泡を噴きつつ眼を剥いて静かに止まる夏の沸点(穂村弘)」

短歌は三十一文字という狭い枠の中で語りをせねばならない。性愛というテーマを詠うとき、言葉を尽くせなかった部分を埋めるために引き出される鑑賞者の想像力は、その人自身の身体経験に根ざした、きわめて刺激的でリアルなものになるのだ。

時にはもちろん喧嘩もする。「『太陽がアイスクリームを殺した』と嘘つきの唇が甘くて(穂村弘)」なんて可愛い喧嘩だなあと思っていたら、「手首より時計奪ってらんらんと熱湯そそぐおまえのこころ(穂村弘)」なんて、ちょっと狂気的とも呼べる有様になっている。上に挙げた歌はいかにも穂村氏らしいもので、日常的な要素を組み合わせることで非日常や狂気のイメージを生み出している。しかし喧嘩の後は仲直り。「窓という窓から月は注がれて ホッチキスのごとき口づけ(穂村弘)」「背に文字を描けばくすくす読み上げる チ、キ、チ、キ、マ、シ、ンぜんぜんちがう(同氏)」など、日常の光景を切り取って描いた歌はしんみりとおだやかだ。

その後二人はついに結婚し、晴れて夫婦となる。「淡水パールはずした胸をしんみりと真水にさらす 月はきれいね(東直子)」には、月明かりの中、結婚式の余韻をかみしめている花嫁の姿がありありと思い浮かぶ。衝突をも経て、これから幸せな日々を築いていこうとしていた二人。しかし彼らに、突然の別れが訪れる。

小説などとは違って、この作品の中は余白だらけだ。もし歌集などを読んだことがない方がこの本をめくれば、すかすかじゃないか、と思われるかもしれない。しかしその余白には、描かれる光景と光景のあいだの空気、文字には表れていない二人のさまざまな表情を読むことができる。文字の配置に工夫を凝らしたり、記号を並べたりすることによって、時には絵画的にさえなっている散文の表現にも注目したい。

ここでは歌の断片的な紹介に留まってしまったが、是非本作を一読してほしい。そして恋人たちの共有した時間と感情、また最初から最後まで絶妙にかみ合わない著者2人の世界観を味わってもらいたい。どんなに言葉を並べつくしても語ることのできない恋情の機微を、たった三十一文字の短歌たちが見事に描き出している。そしてその解釈の数だけ、恋人たちの物語が存在するのだ。(杏)

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