小林孝行 岡山大学名誉教授 「日本「エンカ」と韓国「トロット」」(2017.03.16)

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私は社会学を専攻し、これまで主としてコリア(韓国・朝鮮の総称として用いる。但し、1945年以降については、対象は韓国に限定)社会・文化研究、および日本コリア社会・文化の比較研究に従事していて、今は日本とコリアの近代音楽に関心をもっている。

最近では、Jポップ、Kポップとも呼ばれているが、それまでの近代音楽史では、日本でもコリアでも唱歌、童謡、流行歌など、音楽ジャンル名に同じ漢字音が用いられたという興味深い事実に出会う。これらはいずれも最初に日本で作られ、それがコリアに移されたものである。その背景としては、日本が韓国を植民地支配していたことによると考えられるが、それだけではなく、日本とコリアの地理的な近さ、歴史的な関わりや、世界的な音楽シーンとの関連なども考慮しなければならないだろう。

ところで、大衆歌謡の中では異なったジャンル名が存在する。日本では「エンカ(演歌といわれたり、艶歌と呼ばれたりするので、ここではカタカナでエンカと表記する)」とよばれ、韓国(これは現代の韓国での事情なので、コリアではなく、韓国と表記する)では「トロット」といわれるジャンルである。

ここでは、「エンカ」と「トロット」といわれる音楽について考察する。

1960・70年代日本では、北島三郎、森進一、都はるみ、藤圭子、五木ひろしなどの歌手が登場し、「エンカ」という用語が使われるとともに、その全盛期を迎え、韓国でもほぼ同じ時期に李美子(イミジャ)、南珍(ナムジン)、羅勲児(ナフナ)などの歌手が登場し、「トロット」という用語が使われるとともに、その全盛期を迎えた。ただし、この時期はロックやフォークなど様々な新しいジャンルが登場した時期で、「エンカ」とか「トロット」は寧ろその対抗として作られたものである。

そしてこれらの用語が、レコード、ラジオ、映画などの大衆媒体の登場の中で、1930年代に西洋音楽を基礎として作られた大衆歌謡(当時日本でもコリアでも流行歌とか歌謡曲と呼ばれていた)に対して適用されるようになったのである。

それでは、「エンカとは何か」、「トロットとは何か」。実は明確な答えはない。もともと、「エンカ」は、明治期の自由民権演歌に、「トロット」はダンス音楽のフォックストロットを語源とすることだけは確かだが、人によってその定義は必ずしも一つではなく、歌われた時期によって、スタイルも相当変わってきている。例えば、「エンカの父」といわれる古賀政男のデビュー作ともいえる〈影を慕いて〉は「エンカ」であるか否か。なぜなら、この歌はヨナヌキ短音階で作られているが、4分の3拍子で作られているし、藤山一郎の歌い方は北島三郎のようなエンカ唱法ではない。

また、「エンカ」と「トロット」との関係はどうであろうか。

昔の「トロット」を聞いてみると、歌詞はわからなくても、だれもがメロディやリズムは、「エンカ」と本当によく似ていると感じるだろう。しかしながら、コリア語の歌詞を理解して聴いてみると、やはり大きな差がある。歌詞の問題は、言語的、文化的、歴史的背景が異なる他の国の音楽でも同様のことがいえるが、解決が難しい問題であり、興味深い問題である。

戦前コリアでは、日本の古賀政男の歌がコリア語に翻案されて、コリア人歌手によって歌われ、戦後韓国では日本の歌は歌われなくなったが、李美子が歌った「トロット」〈トンベクアガシ〉は大ヒットした。けれども、この歌は倭色歌謡(日本風の歌という意味)として非難され、一時禁止歌謡に指定されたこともある。それでも、トロットは大衆に愛された。

日本では、戦前コリア人が作詞作曲した歌が、日本語に翻案されて歌われ、人気を得たことがある。戦後では、1970年代後半になると、韓国人歌手李成愛が日本デビューをし、韓国「トロット」〈カスマプゲ〉を歌って大ヒットした。その後、桂銀淑、金蓮子などの韓国人歌手の活躍が始まっている。

ところが、現代では事情が異なってきている。日本では、氷川きよしのような「ニューエンカ」歌手が登場し、韓国では、張允貞のような「新世代トロット」が登場している。この「新世代トロット」は、アップテンポで、歌詞も明るく、中高年だけではなく若い世代にも人気を得ている。「ニューエンカ」と「新世代トロット」はかなり違ったものとなっている。

そのような「エンカ」と「トロット」の研究という点では、日本では、様々な「エンカ論」が議論されているし、李成愛の登場を契機に、「演歌の源流=韓国」という形で話題になったが、不十分なままに終わっている。韓国では、かつての倭色歌謡批判から、最近では、伝統歌謡として「トロット」の再評価が行われ、新たな韓国大衆歌謡研究も始まっている。ただ、日本も韓国も相手の国の音楽についてはほとんど検討されてはいない。

私は日本とコリアの大衆歌謡研究を進めてきたが、「エンカ」と「トロット」の比較検討の重要性を確信するようになった。この研究をより深めるため、これからは日韓共同研究、あるいはそのネットワークが必要となっている。
(こばやし・たかゆき 岡山大学名誉教授。専門は社会学、コリア社会・文化論と日本コリア比較社会論)

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