中森誉之 人間・環境学研究科准教授「なぜ英語学習者はつまずくのか」(2016.11.16)

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「私にはG(ジー)とZ(ズィー)の音の違いが分かりません」。「私は自分のキの発音に違和感を感じています」。十数年前、リスニング授業の後、学生達から受けた何気ない相談。駆け出しの研究者であった私は、聴覚や構音のメカニズムに不案内であったため、彼らを納得させる説明も解決策も提供することができなかった。英語教師としての未熟さを痛感した記憶である。

私の研究の出発点は、学習者のつまずきにある。英語学習者が直面する困難性の原因を科学的に解明し、学術的根拠のある克服策を提案してきた。初級段階から上級段階に至るまで、学習過程での障壁を未然に予知して予防し、対応策を含んだカリキュラム設計とシラバス・デザインを考案している。そのためには、認知科学に基づいて外国語を学習するメカニズムを解き明かし、聴覚・視覚・触覚に最適に働きかける学習指導を探究することが不可避である。生理学や医学の知見を踏まえつつ、学習者の立場で、言語習得過程での感覚運動器官と脳の機能から学校教育臨床研究を進めている。

日本の英語教育界では、イギリスやアメリカで、主に英語圏への適応を目的として開発された第二言語習得理論を基盤とした教授法を、教育現場に紹介するものが多い。こうした指導法の背景には、英語を母語や生活言語とする環境における言語習得の理論がある。しかし、英語圏とは全く言語環境が異なる日本人英語学習者にとって、本当に効果的かつ効率的な教授学習理論とそれに基づく支援システムを構築するためには、日本人英語学習者の認知発達と言語発達の関わりで、外国語能力向上の過程や、外国語学習順序に関する十分な基礎研究が必要である。日常的に使用する第二言語ではなく、外国語として教室で指導される英語の獲得過程を体系化し、理論化して、経験と勘の域に留まらない、確固とした学問的な裏付けがある教授学習理論として集大成して、教育現場へ還元しなければならないと考えてきた。これらは、洋書2冊、和書4冊にもまとめられている。

過去3年間、私は特別支援学校(視覚障害)における英語音声教授学習理論の確立を目指す研究を実施した。点字版質問紙の作成と墨字訳は、京都大学点訳サークルの皆さんから惜しみない協力を得た。この研究では、切実に必要とされながらも少数であるが故に遅れている分野に対して光を当てて、最新の認知科学と教育学の知見に基づいた貢献を行うことができたものと総括し、先月に研究成果を洋書として出版した。視覚障害者の外国語学習に関する研究は、世界的に見てもほとんど展開されてはいない。特別支援学校(視覚障害)に対して実施した全国調査の結果を分析する中で、今まで見落としてきた諸課題に気付かされた。視覚を失って聴覚と触覚で外国語を学習する児童や生徒と向き合った中で、外国語学習過程での聴覚・視覚・触覚の役割を再認識し、視覚障害者と晴眼者にとって可能性を最大限に広げるためには、感覚器官の機能の観点から、いかなる教授学習支援が必要なのかを真剣に追究する機会となった。

同時に、産官学共同研究プロジェクトにおいて、工学系の研究者やメーカーの技術者とともに、音声認識技術を応用した英語音声教授学習支援システムの開発を行った。その中で、視覚面では画面上の位置・色・字体とサイズ・情報量・表示時間、聴覚面では提示のタイミング・分量・速度や音質など、勘や憶測ではない、人間の認知機能に即した根拠がある指針の必要性を強く感じた。これは、デジタル技術を援用するためには、必要不可欠な視聴覚理論である。音声認識や自動翻訳、対話システムなどの開発が急速に進められており、理工学系の研究者や技術者との共通基盤の構築は急務である。特に、教育で効果的に生かすことができる、真に求められる製品開発には、それぞれが独立して研究開発を行うのではなく、専門性を遺憾なく発揮することを可能とする学際的な連携が欠かせない。私は、言語学や教育学に留まることなく、文理融合によって日本人による日本人のための外国語教授学習理論を構築し、具体的な形で日本人の英語力向上に貢献していきたい。

「私は、文単位であれば正確に和訳をしていくことはできますが、何ページか読み進めると疲労して考えられなくなります」。「英語による講義では、途中までは聞くことができますが、1時間は耐えられません」。毎年理系の学生達から寄せられる悩みである。しかし現在の言語処理理論では、明快な回答をすることはできない。次々に文字や音声で入力されてくる言語刺激を円滑に処理していく脳内メカニズムの姿は、完全には解明されていないからである。これが目下、私自身に与えている研究課題である。3年程度で疑問を解決し、理由と対処法を書籍として提供したい。

(なかもり・たかゆき 人間・環境学研究科准教授。専門は言語習得論)

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