〈書評〉破壊の衝動 村上龍著『コインロッカー・ベイビーズ』(2016.11.1)

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 産まれて76時間後、蒸せ返るような夏の日に、キクはコインロッカーの中でもう一度誕生した。乳児院に引き取られた彼は、同じくコインロッカーで発見されたハシと会う。コインロッカーで見つかった2人の少年。胎内から出てすぐ別の「箱」に閉じ込められたのち救出された彼らは、この社会こそが、巨大なコインロッカーであることに気づく。迎合するか、破壊するか。それぞれ違う方法で脱出を計る2人について、「心音」と「象徴としてのコインロッカー」の2点から考察する。(遑)

閉じ込められたエネルギー

ハシの印象的な言葉がある。「ねえ、二人しかいないんだよ。他のみんなは死んだんだ、コインロッカーで生き返ったのは、君と、僕の二人だけなんだよ」。
彼らはなぜ、生き残ることができたのか。作中、生まれたばかりの子猫を半狂乱で食い殺していく親猫の話が出てくる。兄弟が全員食い殺されていくなか、一度は瀕死の重傷を負いながらも息を吹き返した1匹の子猫。生き残ったその理由をハシは「全てが憎かったから」だと説明する。何も考えられない状態で、全身の細胞で親を憎みながら産声をあげるんだ。コインロッカーで仮死状態になりながら甦った彼らにもこのことは当てはまる。全身の血が沸騰しそうな暑さの中、体中を駆け巡った「憎しみ」という負のエネルギーが、2度目の産声をあげさせたのだ。
生後わずか数時間で死に直面しそれに打ち克った2人の強大なエネルギーは、乳児院時代の彼らを体の内側からノックする。玩具や廃物や瓦礫で架空の領地を作るハシ、外界への積極的な関与を否定しながら、静止恐怖を訴え急激な空間移動を欲するようになるキク。ハシは箱庭作りで母親の胎内の全能感を表現しようとしていると言えるし、キクは急激な運動で自分の中に入っていこうとしていると言えるだろう。ここからわかるのは、ハシがエネルギーを用いて別空間を「創造」しているのに対し、キクはエネルギーに対し未だ為す術を持っておらず、イメージとして捉えているに過ぎないということだ。
乳児院に呼ばれた精神科医は、胎児が無意識のうちに聞く心音を彼らに半覚醒状態で聞かせる催眠治療を施し、エネルギーを体の中に眠らせる。体という「コインロッカー」に閉じ込められたエネルギーは、一心同体の2人の運命を分かつことになる。

心音の意味

閉じ込められたエネルギーは、キクの場合、「衝動」という形を伴って外に逃げようとする。キクは、走ることでその制御に成功する。「キクの筋肉は突然目覚めた。全身を巡っている熱はどこにも逃げて行かずに、逆に足先から次々に新しく込み上げてきた。(中略)手に入れたぞ、とキクは思った。ずっと外側にあって俺を怯えさせた巨大な金属の回転体、それを俺は自分の中についに手に入れたぞ、そう思った」。エネルギーを象徴していた回転体。恐怖のイメージでしかなかったそれを、操縦する能力を得たのだ。
一方、ハシを不運な出来事が襲う。催眠術ショーに出演した際、精神科医による音の催眠が解けてしまうのだ。乳児院時代の精神状態に逆戻りしたハシは、模型の王国の代わりにテレビを選択し、その音の中から精神科で聞いた音を探すことを選択する。
負のエネルギーを外に放出する術を身につけたキクに対し、ハシのエネルギーが向かうベクトルは常に内向きだ。「持つ者」であり「陽」を担うキク。「持たざる者」でありキクの「陰」であり続けるハシ。この二人の構図は村上龍の別作品「愛と幻想のファシズム」におけるトウジとゼロの関係を踏襲しており、村上龍の初期作品に多く見られるものである。
作中、彼らは常に胎内で聞いた母親の心音を追い続ける。その心音こそが、彼らのエネルギーを体という「コインロッカー」から解放する鍵であるからだ。キクは言う、「夏の柔らかな箱で眠る赤ん坊、俺達はすべてあの音を聞いた、空気に触れるまで聞き続けたのは母親の心臓の鼓動だ、一瞬も休みなく送られてきたその信号を忘れてはならない、信号の意味はただ一つだ」。ハシは妊婦の心音を聞き、信号の意味を知る。「死ぬな、死んではいけない」だと。

「俺達は、コインロッカー・ベイビーズだ。」

キクは革命を志向する。多量に服用すると自制力が薄れ凶暴性を帯びる精神高揚剤「ダチュラ」の存在を知ったキクは、それをばらまくことで人々の凶暴性を解放し、東京を破壊することを夢見る。「そうだ何一つ変わっていない、俺達がコインロッカーで叫び声をあげた時から何も変わってはいない(中略)巨大なコインロッカーに俺達は住んでる(中略)方法は一つしかない、目に見えるものはすべてを一度粉々に叩き潰し、元に戻すことだ、廃墟にすることだ」。彼らのエネルギーを解放するのが母親の心音であるなら、ダチュラは東京を破壊・再構築する、人々の心音なのだ。
一方ハシはDと呼ばれる男に体を売ることで歌手としてデビューし、あくまで世界に迎合しようとする。「歌手になる前の僕は死んでいた(中略)僕は歌手になって初めてコインロッカーの外へ出ることができたんだ(中略)仮死状態で住んでいた場所はみんな爆破して消してしまいたい」。「世界」というコインロッカーの破壊と、「自分」というコインロッカーの破壊。外向きのキクと内向きのハシという構図がここにも見られる。
歌手として商業的な成功を収めたハシは、見事世界への迎合に成功したかに思われる。しかし徐々に気づいていく、生まれ変わったと思ったのは錯覚に過ぎないと。過去の自分から逃避を図ったとしても、コインロッカーからの脱出に成功したわけでは決してないのだ。「僕は捨てられた、広い広い広い広い広い広い広い広いコインロッカーの中に、みんなが僕を捨てた」。夏の日、雑踏を歩く中で気づく。何一つ手に入れていない、まだコインロッカーの中にいると。
ダチュラを手にいれたキクが、東京に行く道すがら立ち寄った店で店員に言う象徴的なセリフがある。
「俺達は、コインロッカー・ベイビーズだ」。
コインロッカーで発見されたキクや、ハシだけがコインロッカー・ベイビーではない。「社会」という枠組みに捉えられ身動きが取りづらくなっている我々こそが、コインロッカー・ベイビーズなのだ。

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